研究概要 |
1981年に我国で開発導入された百日咳毒素(PT)と繊維状赤血球凝集素(FHA)のホルマリン処理抗原を主成分とする百日咳ワクチンは,その有効性が確認され,引き続き,我国の百日咳トキソイド(PTd)単独ワクチンの有効性もスエ-デンでの野外臨床試験で実証され,毒性復帰の無い,無毒で防御抗原性を具えたPTdの開発が重要となっ来た。PTdの調製は,PTのホルマリンその他の試薬による化学修飾,又はPTの分解或いは合成による部分抗原化によって試みられて来たが,無毒性又は抗原性に関して不十分であった。本プロジェクトでは米国NIHのDr.Keithのグル-プと共同で変異PT遺伝子を持った百日咳菌を作製することにより,PTd産生変異株を開発することを目的として来た。変異株はニトロソグアニジン処理で得たPTd産生菌株に続いて,大腸菌に組込ませた変異PT遺伝子を百日咳菌に移入することにより,任意の点に変異を持ったPTd産生百日咳菌を作ることに主力を移した。PTは5種の異なったサブユニット(S1ーS5)から構成されている6量体であり,構造の複雑さと共に多彩な生物活性(毒性)を持つ毒素である。従ってどのサブユニットの何処のアミノ酸に変異を持ったPTdを産生させるべきかを決定することが第一の課題である。次いで変異遺伝子を組込んだ百日咳菌を安定な形で単離する為の組換え技術上の問題点があり,最後に得られた変異株の毒力とPTd産生能を検討すると共に産生されたPTdの無毒性と防御抗原性の確認をすることにより目的の達成を試みた。 我々の作製した抗PTモノクロ-ナル抗体の中で最も高いマウス防御活性を持つ1B7が抗S1抗体であることから,S1が重要な防御抗原性を担っていると考えられること,又S1はPTの活性中心とも言えるADPーリボシルトランスフェラ-ゼ(ADPR)活性を持つ酵素であること等に基づき,S1遺伝子に変異を持つ菌株の作製を始めた。大腸菌の系で発現させた変異S1蛋白のADPR活性及び1B7反応性に関しては多くのデ-タ-の蓄積があり,ADPR活性は低下したが防御抗原性は保持しているS1として,9番目のアミノ酸(R)をKに変えたPTAーK9の作製を進めると共に,二重変異を持つPTAーK9D129,PTAーK9Q129,PTAーK9G129の作製を開始した。現在得られている変異株のマウス脳室内又は呼吸器内への攻撃による毒力は明らかに低下しており,PTAーK9より二重変異3株の方が更に低かった。菌の生育,変異PT産生能はいづれも親株と変わらなかったが,変異PTの毒性は非常に低下しており,精製したPTAーK9は親株からのPTの毒性の0.1%程度の活性を示したのみであった。濃縮粗毒素の毒性の比較ではPTAーK9D129,PTAーK9Q129,PTAーK9G129共にPTの典型的な活性である白血球増多活性も無く,検出感度の最も高いCHO細胞集合活性も認められず,PTAーK9より毒素活性の更に低いPTdであることが判明した。変異株の産生するPTdのマウス防御抗原性は主として精製したPTAーK9を用いてマウスを3週間免疫後,百日咳菌強毒株18323で脳内攻撃を行い,2週後の生死により防御力価を算定する現行ワクチンの標準的検定法に基づいた方法,並びに抗PTAーK9マウス抗体等を哺乳マウスの腹腔に投与し,前記生菌のエロゾルで呼吸器に攻撃し,マウスの白血球増多症等の百日咳症を5週間観察すると共にマウスの生存率を以って抗体の防御能を測り,防御抗原性を推定する方法で検討した。結果は野性株由来の精製PTをホルマリン処理でトキソイド化した抗原とほぼ同等の防御抗原性を示した。二重変異の3株の産生するPTdもモノクロ-ナル抗体との反応性等から防御抗原性を保持していることが推定されたので二重変異株の方が有望なトキソイド産生株として期待される。現在これら二重変異株の産生するPTdを精製した後改めて毒性,防御抗原性を定量的に比較検討してワクチン株として最適株を選定する仕事が続行中である。本プロジェクトで共同開発したこれらの変異株は単にワクチン株としてのみならずPTの構造と毒性並びに防御抗原性の関係解析にも重要な材料を提供することになろう。
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