ロマネスク壁画の背景地の研究にあたり、本年度においては、まず、ロマネスク聖堂装飾の背景地そのものの状況を分析把握することが、方法的にも肝要と最終的に結論し、研究計画の順序を逆転させ、古代研究を後回しにして、主題そのものへ直接アプロ-チすることになった。中でも色帯背景地に的を絞って研究を進めるべく、フランス中部と南部地域及びカタロニア地方における主要な遺品の写真資料を収集した。それらの資料から背景地及び枠縁構成を抽出して、それらの背景地の色彩設計と建築及び主画像との関連を観察しつつ分析を進めた。その結果、キリストの身光マンド-ラの色相あるいは文様構成と、色帯背景及び枠縁文様との顕著な同調が見られた。即ち、キリストの栄光表現であるマンド-ラの構造が、画像周辺の地と建築文節帯にしばしば観察され、そこには超越的存在の性格(「光」)の隅々への伝播と充満及び部分によるその分有というネオ・プラトニスムの理念の表示が看てとれる。そうした事例の典型としてモントワ-ルのサン・ジル礼拝堂装飾をとりあげ論考を試み、紀要に発表した(平成二年三月)。この聖堂装飾にあっては、三つの祭室全てに栄光のキリストがそれぞれその祭室の入口ア-チの画像と組み合わされて描かれており、建築形態ともども一種の立体的コスモロジカルな曼陀羅を形成して、そこでの背景地及び枠縁にはキリストのマンド-ラのモチ-フと色帯が繰り返され、敷衍されている。その色彩構成の特徴は、明色と暗色の並列対照による明部の強調とその律動であり、背景地がダイナミックな下降と上昇を特質とするネオ・プラトニスム(特に偽ディオニシウス)の超自然の「光」の表現として解釈し得ることを指摘した。こうした光表示装置としての色帯背景の機能を証明するため、収集した写真資料の分析を更に広い範囲に亙って進めつつあるが、今後はこうした特異な背景地の成立とその起源を探る方向で研究を進める予定である。
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