この研究では、明治、大正、昭和前半に出版された教育関係の単行本や雑誌を中心に、へき地教育に関する文献の探索と収集、それらの文献に登場するへき地教育関係用語の抽出と考察を行った。資料の探索と収集は、国立国会図書館、東京大学付属図書館、筑波大学付属図書館を中心に、その他、東北各県立図書館においても行なった。また、東京の古書店を中心に、大正・昭和期の田園教育、農村教育、僻地教育に関する文献をかなり購入したが、明治時代の単級複式教育関係文献はあまり購入できず、国会図書館等でのコピ-が中心となった。 この研究によって明らかになったことは、(1)「僻地」という表現は、既に明治20年代から「僻陬地」という表現とともに少しは見られるが、概して、明治時代は「村落学校」や「田舎教育」という表現が、大正時代には「田園教育」が、昭和の戦前は「農村教育」という表現が多く使用され、「ル-ラルエデュケイション」もそのように翻訳される傾向が多かったこと、(2)教員以外の公務員では、戦後初期に「へき地所在官公署の特殊勤務手当」して支給されていた手当が、昭和27年から「隔遠地」に(35年から「隔遠地手当」として独立)、さらに45年からは「特地勤務手当」に改称されて今日に至っているが、教育公務員に関してだけは、戦前の「僻陬地増加加俸」、戦後一時期の「へき地所在官公署の特殊勤務手当」を経て、昭和29年のへき地教育振興法以来「へき地手当」として表現され、今日に至っていること、(3)地域ではなく、学級編成や教授法に視点をおいた表現である「複式教育」関係用語では、明治10年代から20年代前半は「合級教授」、20年代半ばからは「単級教授」、明治末から大正、昭和と「複式教授」、北海道を中心に昭和前半は「単級複式教育」いという表現が使用されていたこと、等である。なお、複式教育、農村教育関係の文献目録で作成した。
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