研究概要 |
日本の『西遊記』の傀儡戯としては,江戸時代末期の『五天竺』が最も古い。『五天竺』は,当時和訳された『通俗西遊記』・『絵本西遊記』初編などに基づいて作られたらしいが,内容は中国の原刊本や日本の通俗訳本とは異なり,編者の佐川藤太・吉田新吾・近松梅枝軒の意向が働き,インドと中国という二大場面が交互に設定され,主人公も玄奘三蔵と孫悟空のほかに,釈迦如来がいる。物語の展開においても,孫悟空の比重を大きくして,物語全体が孫悟空の行動によってまとめられる。 中国にあっては,清代,戯曲・小説以外,人形を使った皮影戯・木偶戯がやはり全土で演じられていた。木偶戯は皮影戯と同類とも言うべき系統の傀儡戯で,『西遊記』を主要な演目の一つとしている。皮影戯の影戯詞(台本)がその伝承を断つ中,木偶戯の台詞は残存し,しかも上演されているので,『五天竺』との比較にはいささか都合がよい。その木偶戯『西遊記』では,泉州木偶劇団の《火炎山》が名高い。木偶戯《火炎山》は,小説『西遊記』などに基づく作品であるが,やはり原作のままではない。しかし,日本の『五天竺』に見られる原本の改作ではなく,人形(木偶)の表演を強調するための改編に力が注がれ,全体の内容は,小説『西遊記』と同じである。おそらく,両国の芸能(傀儡戯)に見られる相違の根本的なものは,それぞれの作品が依拠した小説『西遊記』の受容の幅に拠るものではないか,と思われる。また,中国の皮影戯・木偶戯『西遊記』が上演によって享受されていたことは,カナ文化を持った日本の独自性による,とも考えられる。
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