現実の材料の多くは完全平衡状態の下で用いられることは極めてまれであり、種々の非平衡過程を介した準安定平衡状態で用いられている。しかし、ある与えられた材料が、ある与えられた環境下でどの程度安定に存在し得るのかという材料開発・材料設計の最も基本的な命題に答え得る非平衡・準安定平衡の理論体系は未だに不備なのが現状である。 本研究は、このような基本的問題に答えるべく、本件申請者がかねてより進めてきた平衡熱力学理論・クラスタ-変分法を時間領域に拡張した経路確率法の拡張・応用を意図したものである。計画立案書に記した如く本研究では二元合金系を対象とし、従来取り扱われていなかった面心立方晶系のキネティクスを考案した。この為に、かつて本件申請者によってなされた四面体近似をさらに大きな四面体一八面体クラスタ-近似にまで拡張し、合金系に対する第一近似としてスピン系のキネティクスを取り扱った。算出した量は1.高温からの急冷焼鈍の系の状態空間における緩和経路、2.微小クラスタ-濃度の時間変化、3.系の緩和過程における自由エネルギ-、エントロピ-の時間変化である。(1)に対しては、かつて体心立方晶系の対近似計算で報告されたように、系は必ずしも自由エネルギ-曲面の最急下勾配をたどらず、これとはずれた経路を選択する。これは、キネティック因子が一からずれのことによる。(2)四面体近似、四面体一八面体近似相方共に、時間無限大の定常値として、その温度における熱平衡を再現し得た。これは、本研究での計算の精度の高さを証している。さらに、第二近接対相互作用力を変化させることにより、緩和過程にあって最終安定平衡相とは異なる相が一時的に安定化されることを見出した。これは(3)との兼合において、必ずしも自由エネルギ-の極値に対応するものではなく、新しい概念をもって説明するべきものである。
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