本研究では、化学相互作用の特性を的確に表現し、結合や官能基といった化学の基本概念と密接に結びつく新しい軌道相互作用理論の導出をはかるとともに、その有機化学への応用を試みた。近年、量子論に基づく理論計算が実験とは独立の数値情報を与えるものとして、化学の広い分野で活用されつつある。理論計算を工業に関連するような問題にも役立ちうるものとするためには、その内容を直感的に捉えるための簡便な手法の開発が不可欠である。そこで、分子間の相互作用を2個の分子の間で対を作る電子の軌道で表現するという手法により、有機反応の局所的特性や反応の経路を制御する電子的、立体的因子が明快に捉えられることを示した。この結果に基づき、それぞれの分子が反応に関与するときに、分子の中に形成されるべき反応領域に局在化した反応性軌道の概念を誘導し、これによって定義される反応領域がもつ局所的な電子供与能、需要能が反応性のきわめてよい尺度となることを示した。応用の対象としては、チイルラジカルとオレフィンの反応における置換基効果、遷移金属錯体によるオレフィンおよび一酸化炭素の活性化、固体表面における窒素分子の活性化などを選び、これらの反応の機構、相対的な反応性の大きさ、反応性を支配する因子などが電子の軌道概念と対応させて明快に理解できること、また、理論計算を利用して新規の反応や触媒が予測可能になることを示した。これらの結果は論文として発表するために、現在とりまとめの中である。
|