唇顎口蓋裂の発生は一般に多因子しきいモデルで説明されている。しかしわが国において多因子しきいモデルの予言にしたがって唇顎口蓋裂の家系調査の結果を検討したものはまったくみられない。そこで昭和35年7月から27年3ヵ月間に当教室において治療を行った唇顎口蓋裂患者1502名のうち607名から解答が得られ、これらから症候群および多発奇形を除いた591名の発端者について家系調査を資料とした多因子しきいモデルの検定を実施し、日本人における唇顎口蓋裂の遺伝率および再発危険率を求めた。またさらにこれら家系調査の結果に基づいて分離比分析を行って遺伝様式の検討を行った。その結果、唇顎口蓋裂および口蓋裂発端者の各種血族罹患率は多因子遺伝における各種血族罹患期待率に近似し、同胞の観察相対頻度は多因子遺伝における相対頻度予測値にはほぼ一致した。また唇顎口蓋裂の全血族における遺伝率は65.6±2.6%で、口蓋裂のそれは67.0±13.6%であった。分離比分析に先立ち各種核家族のパタ-ンを観察したところ、単一座位優性遺伝あるいは伴性遺伝についてはそれらを否定する家系図が多く認められたので、単一座位劣性遺伝について検定を行ったところ、両親が正常者である核家族のうち2以上子供を有する419家族を対象とした推定分離比分析は0.031±0.007で、その浸透度は0.125±0.026と極めて低く、単一座位劣性遺伝様式は適合しないと判定された。すなわち今回の分離比分析の結果によると、唇顎口蓋裂の遺伝様式を単独確認の弧発例のない常染色体劣性遺伝と仮定した場合の分離比分析の結果は実測分離比より常染色体優性、劣性遺伝とも仮説がたてがたく、劣性遺伝の検定では唇顎口蓋裂は単一座位常染色体劣性遺伝とは言えないことが統計的に明らかになった。また弧発例の発現に関する検定では、その84.6%が単一座位常染色体劣性遺伝以外の要因によって説明されることが示唆された。
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