本研究は、生体内の多くの細胞が、増殖能力を有したままで増殖を停止し、分化機能を営んでいるしくみを明らかにするための一端として、細胞表面にあって増殖抑制活性をもつ因子を分離精製し、その作用機作を解明しようとするものである。増殖停止した培養細胞、増殖していない組織の細胞等にこの活性が検出されるが、本研究では脳組織よりこれを分離することを試みた。ウシ脳より機械的に細胞浮遊液を調製し、これを酵素処理することによって活性因子を細胞膜から遊離させ、これを有機溶媒処理して脱脂し、更にゲルロカその他のクロマトグラフィ-によって精製を進めることとした。初年度に問題になったのは、第一に活性成分の回収率が不安定で再現性に乏しいことであった。次に、活性を検定する細胞の種類と細胞の増殖相の適性の問題があった。酵素としては、タンパク分解酵素とホスフォリパ-ゼを主に検討し、ホスフォリパ-ゼCの使用により、活性の回収は少ないものの安定した結果が得られた。しかし本酵素は高価であるため、大量精製には使用し難かったので検討に留めた。タンパク分解酵素は活性の回収に再現性がない欠点があったが安価であるため、これを用いて条件の安定化に努力した。検定細胞は正常細胞を用いるのがよく、予め増殖停止状態に導入した後、増殖因子による増殖誘導と同時に検体を添加し、前駆体とり込みによるDNA合成誘導抑制活性として検定した。これらを含めた種々の検討の後、精製を試みた。とりあえずの最終段階としての糖鎖によるアフィニティカラム吸着画分は、増殖抑制活性を有していた。タンパク質の純度としては数本のバンドを含んでいた。標品は糖鎖を含むことが示唆されたが、その生物学的意義を検討するには至らなかった。一応の精製標品を得たことにはなるが、量的には不充分で、種々の生物活性を検討できなかった。大量精製には、更に操作法の改良工夫が必要とされる。
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