筆者はこれまで、19世紀後半、とりわけその60年代後半から80年代にかけて、解離平衡の問題が熱力学と分子運動論の一層の展開と受容にとって重要な位置を占めていたこと、また化学熱力学の成立にとって解離平衡論の展開がその軸点の一つをなしていたこと、を示してきた。本年度の化学研究費補助金による研究において明らかにしたことは以下のとおりである。熱輻射論の研究に従事する以前のマックス・プランクは、熱力学ならびに化学熱力学の領域において、熱力学第2法則の原理的研究と解離平衡論、溶液論の研究で重要な成果をもたらした。一方、統計力学の基礎をつくり上げたボルツマンは、分子運動論の化学領域での有効性を示すべく、同じく解離平衡の分子運動論的(統計力学的)研究を行い、熱力学的研究の結果と同じ結果を導出し、実験結果を等しく説明することに成功した。本研究では、まず、これらの両者の上記の研究の具体的内容を検討し、同じ研究対象に対する両者の相異なる理論と方法のうちに相互に地方を前提にし合っている側面が存在していたことが示された。またプランクはボルツマンの成果を、ボルツマンはプランクの成果を互いに引用し、それぞれ正当な評価を与え合っていたことも明らかにした。このことから、プランクは分子運動論の展望についてこの時期にいくらか懐疑的な見解を述べているものの、エネルギ-一元論者たちとは本質的に異なる立場に立っていたこと、またやがてボルツマンの確立統計的方法を用いて熱輻射論において画期的成果を生み出す上で、上記の熱力学研究の理論と方法が重要な意義をもっていたこと、が明らかになった。加えて、両者の理論とギッブスの熱力学的平衡論との相互の関連も一定明らかにし得た。引続き、その他の科学者たち(ホルストマン、イルン、ツォイナ-等)について、その熱力学、あるいは分子運動論領域でのその展開・受容を検討中である。
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