18世紀後半の軍事裁判記録に書き残された兵士の言葉を素材として、民衆にとって制度的体験がどのような意味を持つか、行為者の視点から分析を行った。 ブルターニュ地方において捕らえられた脱走兵約1000人の尋問記録をもとにデータベースを作成し、統計処理(社会的出自、年齢、出身地、志願の動機、脱走の動機、識字率など)を行った。 個々の被疑者が法廷において語る際どのような「戦略」「社会的権能」(ボルタンスキー)を駆使するのかを考察するとともに、彼らの意味主張がどのような経験に対応するのか、軍隊に関する法令また将校の証言と交叉させることによって、従来知られていなかったいくつかの事実を確定した。 例えば、アンシアン・レジーム期の軍隊は、近代的軍隊の対比において、その無秩序さ、規範・規律の欠如が強調されてきた。しかし、兵士の言葉からは、演習の過酷さ、検査や点呼の厳密さ、頻繁な処罰への恐怖の感情が読みとれる。例えば兵士には、清潔であることが要求され、衣服のしみ、ほころびは厳罰の対象となる。このような価値観は、元来18世紀の人々にとって未知のものであるが、制度の中に生きる人々がこれを内面化する過程を跡付けた。 また、民衆をめぐる議論との関わりでは、例えばエドワード・ショーターの主張にみられるように、従来、家族にたいする愛情は近代のブルジョワ層に特有のものであり、民衆層の人々には無縁であるとされてきた。が、家族は、脱走のもっとも重要な動機の一つであり、妻子、親との関係を語る兵士の言葉から、彼らの感情表現に光をあてるとともに、家族の歴史のかかる前提に疑問を投げかけた。 研究成果の一部は、18世紀パリにおける軍隊社会の研究で知られる歴史家ジャン・シャニオ引退記念論文集に、発表する機会を得た。
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