研究概要 |
本研究は,現在急速に変容・消滅しつつある台湾先住民族(高山族および平地居住の平埔族)の言語と文化を現地調査によって記録すると同時に,その変容の過程を明らかにすることを目的としている。その目的を達成するため,1990年度,1991年度の2年間にわたって,研究代表者の土田,研究分担者の森口,笠原の会計3名が,台湾においてそれぞれ協力しつつ現地調査を行った。 1990年度,土田は8月15日より9月30日までの期間,南投県・日月潭付近に居住するサオ族の言語調査を,主に聞き取り,録音等の方法で行った。また,サオ語の調査終了後は,台東県から花蓮県にかけて点々と分布しているカバラン族の言語について,花蓮に滞在して調査を行い,また,過去数年間にわたって追跡調査をしてきた台東県・蘭峺のヤミ族の言語調査を実施した。森口は,7月16日から9月16日までの約2ケ月間,花蓮県で前述のカバラン語の調査を行い,また屏東県でルカイ語,南投県でブヌン語の調査を行った。調査方法に関しては土田と同様である。笠原は7月27日から9月16日までの期間,台東県においてプユマ族,屏東県でパイワン族とルカイ族の文化変容について人類学的な調査を実施した。方法は原則として各族のインフォ-マントからの面接・聞き取り調査である。 1991年度の場合も前年度に続いて3名が現地調査を行った。土田は8月15日から9月30日にかけて、前年度と同様,南投県のサオ族の言語を調査し,その後,台南県に移動して平地のシラヤ語,さらには花蓮県においてカバラン語の調査を行った。そのうちシラヤ語については,この言語を使えるインフォ-マントを捜したにもかかわらず該当者がなく,おそらくシラヤ語は死語になったものと推定される。森口は7月16日から9月20日までの間,南投県・埔里鎮の山地に住むブヌン族の言語調査を行い,また土田との協力のもとに上記台南のシラヤ語の話者を捜す一方,花蓮県においてもカバラン語の調査・資料収集に従事した。笠原は,8月1日から9月20日までの期間に,高雄県・三民郷のツォウ族,屏東県・三地郷のパイワン族という,山地居住者の中でもとくに少数で,かつ文化変容の著しいグル-プを対象にして文化人類学の立場から変化の問題に重点をおいた調査を実施した。 この2年間にわたる現地調査で,土田,森口は台湾山地・平地の先住民族の言語に関する一次資料の収集に成果をあげ,語索,文法,テキスト等を記録・保存することができた。収集した資料はノ-ト類,録音テ-プなどの形で保存されており,それ以外に,実際の会話場面などを撮影したスライドおよびヴィデオ・テ-プもある。また,笠原は,文化文類学の立場から系譜,親族,儀礼,口頭伝承など,現在消えかかっている先住民の伝統文化を記録する一方,その変容過程を追跡する調査を行うことができた。すなわち,文化変容の実態を明らかにするために古老たちの記憶に残っている過去の文化の姿を再構成することに主眼をおいたのであり,この場合にも,聞き取り調査によるノ-ト,カ-ド類,スライド,ヴィデオ・テ-プ,フィルムなどの形で資料が保存されている。 以上のような2年間の現地調査を通じて,台湾先住民族(高山族および平埔族)の固有の言語・文化を記録・資料化するという所期の目的を達成することができた。その一方,現実の言語・文化変容は,地域,各民族によっては当初の予想を越えるほどの速さで進んでいる,という認識をもつに至った。例えば,台南の平埔族であるシラヤ族に関しては,すでにその言語使用者が見当らず,死語化していることを確認できたことは,台湾先住民族研究の現段階を象徴する事実と言えよう。遅かれ早かれ,同様の変化,文化の消滅は他の地域,民族においても進行していくことが予想されるのである。本研究の成果は次年度中に調査報告書の形で出版・公表する計画であそれを基礎資料として,目下急速に姿を消しつつある台湾先住民族の言語・文化に関する緊急な現地調査をさらに継続していく必要があると考えられる次第である。
|