研究概要 |
1.中国東北地区における天・柞蚕の飼育状況ならびに繰糸方法 中国における天蚕の飼育は,主として黒龍江省牡丹江市周辺と吉林省ならびに遼寧省瀋陽市周辺の一部に限られているようである。天蚕繭の繰糸は,試験場の委託により農民が座繰りによって行っている。核多角体病等による病害が多く,結繭率は40%以下であり,生糸の産高も牡丹江で年間40〜50Kgに過ぎない。研究の目標は蚕病対策であるとされている。 一方,柞蚕の飼育は遼寧省が主であり,全生産量の80%を占めている。他に山東省,河南省,吉林省などでも飼育しているが,牡丹江では現在試験段階で,二化性のものを一化性にする転換を計っている。1980年度76,000tの産出量であったが1985年度は35,000tになり,減少傾向にある。繭の繰糸は,柞絲綢研究所管轄の工場で多条繰糸で行っている。研究の目標は白繭を産出す柞蚕の育成と日光による黄変防止であるとされている。 2.本邦産天・柞蚕糸と中国産蚕糸との構造と物性の比較研究 牡丹江産天蚕繭および遼寧省産柞蚕繭(蚕品種:青六号)の乾繭を入手したので,そのものと信州大学繊維学部附属農場で採取した天・柞蚕繭について,絹糸の構造と物性の比較研究を続行中である。測定項目が多いため最終的結果を得るまでにはなおしばらくの時間を要するので,現在までに得られた成果を記す。 (1)天蚕糸(Antheraea yamamai G.) 本邦産繭糸の物性値は,平均糸長400±0,65(480±0,65)m,繊度5,54±0,55(6,66±0,87)d,切断強度4,36(4,02)g/d,切断伸度35,5(34,6)%,振動数238Hzにおける動弾性率1,19×10^<11>(1,13×10^<11>)dyn/cm^2である(数値は雄の繭糸の値を示し,( )内に雌の繭糸の値を示した)。雄の繭糸は雌のものよりも細くて太さのばらつきが小さく,品質的に優れているように思われる。中国産の繭は本邦産のものよりも小さく,繭層が薄い。また天蚕糸独特の緑色が鮮明さに欠ける。繭の糸長は約300mと本邦産のものよりも100m短いが,力学的性質においては大差が認められなかった。 (2)柞蚕糸(Antheraea parnyi G.) 本邦産繭糸の平均糸長1140±145(1480±200)m,平均繊度4,51±0,35(5,26±0,67)d,動弾性率1,25×10^<11>(1,10×10^<11>)dyn/cm^2,切断強度4,31(4,28)g/d,切断伸度28,0(31,8)%である。柞蚕糸についても雌雄間で天蚕糸と同様の傾向がみられる。X線回析法による精練絹糸の結昌化度および密度は,いずれも雄の絹糸の方が若干高く,雄の繭糸の方が繊維構造が発達しているという推論と一致する。中国産繭糸も本邦産のものと同じ傾向を示すが,糸長は本邦産のものの60%程度である。視覚的には両者の繭の間に差は認められない。 なお,ここで得られる研究成果は,Antheraea属野蚕糸の物理的性質研究の一環として,日本蚕糸学雑誌などに順次発表する予定である。 3.中国産柞蚕絹布の黄変防止加工 今回入手してきた柞蚕絹布(品番5023)を用い,金属塩およびアクリル系樹脂による処理で,紫外線による黄変を黄変指数の変化から調べた。Cu(II)を5,3×10^<-5>mol/g吸着させた場合,未処理布に比べ365nmの光に対して黄変指数を4,4減少させることができたが,254nmの光に対して効果がなく,またCo(II)およびNi(II)を吸着させた場合も効果は認められなかった。メタクリルアミドをグラフトさせた場合は,未処理布よりも5〜10黄変指数が上昇したが,254nmの光を200時間照射した場合の黄変指数は未処理布よりも8,1小さくなった。加工樹脂の選択,グラフト率等更に検討する必要があるが,入手した絹布を使い果たしたので,中国の研究分担者から試料を送付してもらって研究を続行したいと考えている。
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