研究概要 |
1.チンパンジーの社会と行動 チンパンジーは,20Km^2の集中調査域内を遊動する個体の大部分の53頭の個体が識別できた。生息密度は, 2.5-3.5頭/Km^2という,熱帯林では特別高い値になる。 これらのチンパンジーはほぼ半分づつ南北の集団に分かれるが,おとなの雄雌各2頭が境界域でどちらの集団のメンバーとも一諸にいるのが見られている。この解釈にはいくつかの可能性が考えられるが,互いに許容的な2つの単位集団があるとするのがもっとも妥当である。雄と雌の数は全体でも各集団内でも互いに近く,社会性比は0.8と高い。これから,少なくとも,東アフリカのチンパンジーにみられる,雄の子供を選択的に殺す子殺しはないと推論できる。これは,子殺しと構造的に結びつくと考えられている。集団間の敵対関係を示すような証拠は得られていないことと,矛盾しない。 グルーピングのパターン,挨拶行動,乱交的交配システムなどは他地域のチンパンジーと大差なく,集団関係を除くと基本的社会構造はあまりちがわないと思われる。しかし,シロアリ釣りに2種の道具を組み合わせ複合的に用いること,子どもの独立が早く,出産間隔が3年台のものが多いなど,彼らの行動と社会には特異なものも少なくない。 2.ゴリラの社会と行動 20Km^2弱の集中調査域には6集団と8頭のソリタリーがいることがほぼ確実である。生息密度は2.5-3.0頭/Km^2ほどにもなり,これまでのどのゴリラ生息域よりも密度が高い。ドキのゴリラの集団分布には地域集中がみられ,これが地域共同体的機能をもつ可能性がある。単位集団は数頭から40頭の規模であり,これまで考えられていたより大きい集団を構成する。しかし,集団は遊動時にかなり広がり.シルバーバックの雄が集団の端にいることも多い。個体の空間配置だけではなく,個体関係もマンティンゴリラの場合とかなり異なっていると考えられる。 ソリタリーの雄の中には2頭で連れだっていた物がある。雄間の関係はかなり多様かも知れない。 3.ゴリラとチンパンジーの種間関係 両種が同じイチジクの樹上で一緒に採食をするのが見られたように,両種の果実食はほとんど同じものでありながら,互いに排除しない。しかも,果実の量が多い少ないに関わらず,両種は共通の果実を食べ続ける。この関係は平和共存と呼んでよい。 その他の食物に関してはすみ分けがみられる。地上性の草本はもっぱらゴリラが利用し,また,昆虫食では互いの食用とする種が異なり,チンパンジーだけが道具を使用してシロアリ釣りをする。さらにチンパンジーは,よく肉食をしており,棒を使ったハンティングの試みも見られた。ニッチの分離がみられる食物は,いずれもタンパク質が多いものである。しかもその採食法に技術の萌芽が現れている。ゴリラの頻繁な沼地利用もチンパンジーとのニッチ分離に働いている。湿潤環境への依存の高さは,ピグミーチンパンジーにも見られる。また,他の類人猿と同所的に生息してきた可能性がないピグミーチンパンジーは,固いものを食べないことを除けば,ゴリラとチンパンジーの双方を合わせた食物をとっている。このことから,同所的類人猿が存在することによってニッチの分化が進むが,類人猿の場合,タンパク質をめぐって分化するという仮説が考えられる。これからの類人猿研究でこの仮説が検証されれば,ホモ・ハビリスとアウストラロピテクス・ボイジイの進化史的関係は解明されるに違いない。
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