研究概要 |
平成2年から4年度にかけてのこの研究は,ピグミーチンパンジー(ボノボ)の地域社会の構造と,その中での個体の役割を明らかにすることを目的としていた。この目的の達成のために主要調査地であるザイール国ワンバにおいて,当初,ピグミーチンパンジーの母子間関係,群間関係,メスの生活史,遊び,性行動,音声,道具使用行動の研究が計画された。地域社会の構造を発現させる器である生息地の栄養学的分析も計画された。比較のためのナミチンパンジーの研究として,タンザニア国マハレで,ワカオスの社会成熟の研究が計画された。 平成2年度の調査において,母親の老齢死亡に伴って,成年に達した息子達の社会的地位と活動の急激な低下が観察され,母親と息子の心理的・社会的絆が,ピグミーチンパンジーの社会のおいては重要な役割をはたしているという予想を裏付けることとなった。また,未成体の社会的・性的発達について組織的なデータが収集された。母・息子間の関係(加納・橋本)と未成体の性行動(橋本・古市)については,1991年12月にシカゴで開かれたチンパンジーシンポジウムで発表された。また同年度の調査において,メスの生活史の一端を明らかいする目的で,攻撃行動に焦点を当てた観察も行われ,その結果,攻撃行動の質,頻度,発育に伴う発現機序に性差があることが発見された。その結果は,ピグミーチンパンジーの順位システムについての論文としてまとめられ,1992年8月ストラスブルグで開催された第14回国際霊長類学会で発表された(古市・五百部)。 ピグミーチンパンジーの群間関係は,状況によって時にはきわめて相互寛容的であり,人類の社会進化を考える上で興味深い材料を提供する。従来に引き続き平成2,3年度を通じて,観察資料が収集され,その一部は発表された(伊谷,加納)。 ピグミーチンパンジーの音声の研究は端緒のついたばかりである。音声の分類と社会的機能についての予備的研究結果はいくつか発表された(岡安・加納)が,より詳細な研究が引き続き必要である。 マハレではM群のチンパンジーのオスの近接関係を個体対跡法により分析した結果,1.ワカモノ前・後期,2.少荘期,3.壮年-老年期の3階級に分類できることが判明した(川中).この研究を通じてワカオスの社会成熟について,ピグミーチンパンジーとの貴重な比較資料が得られた。 平成3年度には,群間関係,メス間の関係,非音声的伝達の研究(伊谷)が進行中であったが,同年9月にザイールの首都キンシャサで一部住民及び兵士による暴動が勃発し,調査は中断のやむなきに至った。そのため同年度に予定していた遊び・性行動の研究(榎本),生息地の栄養学的研究(安里)は断念せざるをえなかった。自主参加したJ.Mitani(ミシガン大学助教授)と共同で更に発展させる予定であった音声研究も頓挫した。ザイールでの政情急変は,このように,本研究の隊行に大きな打撃を与えたが,一方では,コンゴ国とウガンダ国への調査変更が認められたため,ナミチンパンジーとの比較部分を膨らませることができた。 コンゴ国では,南西部のリクム州で広域にわたってチンパンジーの直接観察,巣・食痕等の間接的証拠の記録,聞き込みが行われ,チンパンジーの密度は一般に狩猟圧の影響を大きく受けていることが発見された。調査結果は第29回日本アフリカ学会で発表された(伊谷)。同年度にウガンダ国で同様な広域調査が行われた。ウガンダのチンパンジーは西部大地溝帯に沿った孤立したいくつかの森林ブロックに分かれて生息している。それぞれの森林は特徴のある一次植生を持っており,いずれもチンパンジーの密度はきわめて低い。しかし狩猟圧を受けないウガンダのチンパンジーは,むしろ二次林で密度が高くなることがある(加納)。 平成4年度の調査は,引き続きウガンダ国とコンゴ国で行われた(概要は「様式3」参照)。コンゴでは,チンパンジーの密度と狩猟圧の関係について興味ある資料が得られたが,社会学的研究の場としてはウガンダのカリンズ森林の方が有望である。
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