研究概要 |
オーストラリアの2つの研究所 Australian Institute ofMarine Science(AIMS) 及びGriffith大学の研究者と共に,オーストラリア産海洋天然物より,発がんプロモーター,がん抑制物質,或いは,がん化学予防薬を見出し,発がんの機構と抑制に関する研究を進めることを目的とし研究を進めた。 1991年から1993年の3年間の研究成果のうち重要な3つの結果を示す。 1. 新規化合物,Echinoclasterol sulfateの分離,構造決定,及びその抗かびと抗がん活性 AIMSより一昨年25の海洋生物がそれぞれ約1kg,空輸された。各生物の水溶性画分と脂溶性画分につき,日本側の研究グループで,抗かび活性,プロテインホスファーゼ阻害活性,蛋白イソプレニール化阻害活性,抗がん活性等のそれぞれ活性を検討した。 東大伏谷教授の研究室は尋常海綿,Echinoclathyria Subhispidaの水溶性画分に,糸状菌Mortierella ramannianus に対する強い抗かび活性を見出した。 その活性を指標に精製を進め,新しいステロイド硫酸抱合体を分離した。 この化合物はフェネチールアンモニウム塩を含み,海洋天然物としては最初の化合物である。 構造決定の後,Echinoclasterol sulfateと命名した。 この化合物を用い肺がん細胞PC-9に対する増殖抑制効果を検討した。 IC_<50>の濃度は600μMであり,アドリアマイシンは2μMで,約3000倍弱い抗がん活性が示された。 今後,この化合物についてどのように研究を進めるか,海綿の採集の可能性を含め検討している。 2. 新規の抗酸化物質 サンゴ礁に生育する生物は,強力なUV,灼熱の太陽光線,潮の干満の伴う乾燥に耐えて生き続けている。 生物は防衛手段として,抗酸化物質を備えているし,又,抗酸化物質に変換する酵素系を持っている。 ノリPorphyra teneraに含まれるshinorineはそれ自体抗酸化活性は無いが,生物の生体内で,抗酸化能を持つmycosporine-glycineに変換する。 Mycosporine-glycineはノリに含まれていない。 現在,shinorineからmycosporine-glycineを大量に合成するpathwayを検討している。 抗酸化物質の多くは,発がん抑制効果を持つので,今後,新しい抗酸物質,mycosporine-glycineを用い,がんの予防薬としての研究を考えている。 3. オカダ酸クラス発がんプロモーターの共通構造 オカダ酸クラス発がんプロモーターは,ほとんど海洋天然物に由来である。 オーストラリア産海洋天然物から,オカダ酸クラス発がんプロモーターを見出すことを目的に,protein phosphatases 1と2Aの阻害物質についてスクリーニングを続けている。 オカダ酸クラス発がんプロモーターに関する研究の中,新しい研究成果を報告する。 3つのオカダ酸クラス化合物,オカダ酸,カリキュリンA,及び,ミクロチスチンは,共に,protein phosphatases 1と2Aの強力な阻害剤である。 これら構造が異なる3つの化合物は,共に,protein phosphatases 1と2Aの触媒サブユニットに結合し,その活性を抑制する。 この結果から,これらの化合物は一部分,共通構造を持つことが推測された。 コンピューターを用いた三次元構造解析により,共通構造が見出された。 例えば,活性阻害に関与する分子中央のコアの部分と,レセプターへの結合に関与する非極性の側鎖部分の2つの共通部分が3つの化合物ともうまく重なり合うことを明らかにした。 この実験結果は発がんプロモーターの研究に於いて,全く新しい情報を提供した。 オーストラリアの研究者と3年間共同研究を組み,実り多い成果を得ることができた。 がん研究がまだ日本程活発でないオーストラリアの研究者にとって,海洋天然物を用いた発がんプロモーター及びがんの化学予防薬の研究は,新鮮に受けとめてもらえ,positiveな協力が得られた。 AIMSの研究所にも米国NCIでポストドクターを終えた研究者が2名いる。 日本との継続的共同研究,新しい共同プロジェクトの開発を望んでおり,日本からもこの点考慮する価値があるカウンターパートである。
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