研究概要 |
閉殼金属イオンの錯体に関し,大きく分けて以下に述べる3つの錯体群について研究し,顕著な成果が得られた。 (1)Zn(NN)(SS)型の混合配位子錯体 Zn(NN)(SS)型の錯体は,色のついているZnの錯体として注目をあびていた。ここで(NN)は1,10-フエナトロリン(以下phenと略す)などのジイミンであり,(SS)はベンゼチオール2個からなる配位子である。この種の錯体は(SS)から(NN)への電荷移動状態が低エネルギー領域に存在し,これが着色の原因となっている。この電荷移動状態の三重項状態について,ゼロ磁場光検出磁気共鳴法を用いて研究を行った。ゼロ磁場分裂定数D^*の測定値は,純粋な電荷移動状態についての計算値よりかなり大きいことが明らかとなった。この実験事実は配位子局在励起状態と電荷移動状態との混合を示すものである。(SS)配位子に種々の置換器を導入し,ゼロ磁気分裂定数の変化,すなわち,上述した混合の割り合いを求めたところ,置換基の電子供与能力とよい相関があることかわかった。更に,phen局在に三種項状態についてもゼロ磁場分裂およぞ各スピン副準位についての寿命と輻射寿命を求めた。この実験結果も,上述したphen局在励起状態し電荷移動状態との混合という機構で満足に説明できた。また,注目すべき結論として,すべての錯体についてZnのd軌道の寄与は認められなかった。 (2)MX_2(phen)型の錯体 ここではMはCdまたはZn,XはハロゲンでCl,Br,Iのいずれかである。(1)で述べた錯体群と異り,この種の錯育ではphen局在の励起状態が最低エネルギーであり,phen局在の蛍光および燐光のみが観測される。この錯体群について,1つには蛍光の寿命測定を行い項間交差の機構について検討した。項間交差の速度はハロゲンの原子番号の増加と共に急激に増加するが,これをphen局在励起状態にハロゲンのP軌道が混合することで満足に説明される。もう1つ,三重項スピン準位の寿命と輻射速度定数,およびゼロ磁気分裂を求めた。この結果も,phen局在励起状態にハロゲンの軌道が混合するという上述の機構でもって満足にかつ統一的に説明される。分光学的なデータはZnとCdで大きく異り,このことはしばしば,いわゆる金属の重原子効果として説明されてきた。しかし,三重項スピン副準位についての詳細な実験結果のすべてが,金属のd軌道の寄与を否定するものであった。ZnとCdの違いは,そのイオン化ポテンシャルの違い,すなわち主量子数の違いによって上述したハロゲンのp軌道の寄与の度合いが異ることに由来する。この結論は,従来人々の間でなんとなく考えられていた機構が正しくないことを示すもので,光合成反応における金属ポルフィリンに対する理論とも関連し,大きなインパクトを与えるものである。 (3)Rhの錯体 Rhの3価イオンは,d^6 の準閉殼構造を有しており,d^<10>の関殼構造をもつ2価のZnやCdとの比較が非常に興味あるのである。Rh(phen)_3およびRh(phen)_2(CN)_2の2つの錯体を選び,そのphen局在励起状態のスピン準位について研究した。分光学的系列からもわするように,この2つの錯体は配位子場の強さが大きく異り,したがってdd^*遷移およびdπ^*遷移のエネルギーが大きく異る。このエネルギーの差異が三重項スピン副準位にどう影響するかを検討することで,d^2準閉殼構造金属イオンの錯体の電子励起状態を理解することが目的である。 いずれのRh錯体も,ZnやCdの送体と同様にphen局在の三重項状態から燐光を発する。スペクトルの位置や構造は配位していないphenのそれらとほとんど同じである。しかし,寿命はRh錯体で著しく短くなる。この急激な寿命の減少は,Rhのd軌道の寄与が大きいことを示している。このd軌道の寄与が,扱った2種類の錯体で異るがこのことは,配位子場の強さの差異でよく説明された。phen局在励起状態のスピン副準位の輻射能もRhと錯体を行ることで大きく異ることが明らかとなった。この実験事実も,phen局在励起状態に対するRhのd軌道の寄与という立場から統一的に解釈された。
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