研究概要 |
チトクロムPー450は一種のヘム・タンパク質で,2原子酸素分子を活性化し,さまざまな有機化合物に酸素原子を添加する一原子酸素添加酵素である。自然界に広く存在し,現在までのところ168種の分子種の単離,アミノ酸配列決定がなされている。しかし,緑膿菌から単離されたチトクロムPー450cam(CYP101)を除き,これら一群のチトクロムPー450類の立体構造は不明であった。われわれの研究グル-プは“類似機能を有する一群のタンパク質の立体構造は互いに類似している"と假定し,研究分担者のメリ-ランド大学(現在カリフォルニア大学ア-バイン校)教授ト-マス・エル・ポ-ロス博士が決定したCYP101の全原子座標と一群のチトクロムPー450類のアミノ酸配列上の相互類似性(相同性;ホモロジ-)を基礎とし,ラット肝ミクロソ-ム・チトクロムPー450α(CYP1A2)について分子設計を行ない,遺伝子組換え技術により約400種の変異体を調製した。 1.平成2年度の研究業績 上にのべた假定の妥当性を実証した。チトクロムPー450の活性点であるヘムまわりの各化学基間の相対配置はほとんど同じであることを我々の研究グル-プは明らかにした(Biochemistry,28巻,6848頁〜6857頁(1989)等)。さらに,上記の假定の実証を深めていくにつれて,CYP1A2のN末端から318番目のグルタミン酸残基の重要性が明らかとなった。この318番目のグルタミン酸残基が活性点のヘムの上部に接近して存在することが次の実験により証明された。すなわち,この318番目のアミノ酸残基がグルタミン酸残基であると,2ーフェニルイミダゾ-ルが直接ヘムへ配位できないが,アスパラギン酸残基の場合には2ーフェニルイミダ-ルが直接ヘムへ配位できる(Biochemistry,30巻,1490頁〜1496頁(1991)等)。このことは上記の假定をさらに実証した。チトクロムPー450の一原子酸素添加酵素としての機能は,NADPHからの電子供与によって進行する。この電子供与はチトクロムPー450に接触しているチトクロムPー450還元酵素を経由して行なわれる。この還元酵素に接触するチトクロムPー450内のアミノ酸残基を特定するため,多くのリシン残基,アルギニン残基をロイシン残基,グルタミン酸残基に変換し,還元酵素からチトクロムPー450への電子移動速度,酵素活性を測定し,N末端から94番目,99番目,105番目,440番目,453番目,463番目のリシン残基,135番目から137番目のアルギニン・クラスタ-,455番目のアルギニン残基がこの電子伝達に関与していることを発見した(J.Biol.Chem.,266巻,3372頁〜3375頁(1991)等)。 2.平成3年度の研究業績 CYP1A2のN末端から318番目のグルタミン酸残基をアラニン残基へ変換すると,ヘム単位は高スピン型から低スピン型へ変化することを発見した(Biochemistry,30巻,11206頁〜11211頁(1991)等)。このことも上記の假定の正しさを実証するものである。基質の添加,還元酵素の添加によりCYP1A2中の活性点であるヘムまわりのアミノ酸残基のゆらぎは抑えられる(Biochemistry,30巻,4659頁〜4662頁(1991)等)。また,ヘムまわりのアミノ酸残基の親水性側鎖を疎水性側鎖に変換すると,CYP1A2の一原子酸素添加反応に付隨する過酸化水素生成反応は極度に抑制される(Biochemistry,31巻,1528頁〜1531頁(1992)等)。本研究課題である“電子伝達に伴うコンヘメ-ションと基質受容性の変化"を追跡するための超微量ストップドフロ-分光システム,ナノ秒超高感度分光システム,フラッシュ・ホトリシス分光システムの設置,調整も終了し,目下詳細な研究を進めている。また,CYP1A2は膜結合性タンパク質であり,X線結晶解析が成功していない。このX線結晶解析が成功すれば,上記の假定の正しさが,実証できる。清水透助教授,廣谷功助手および学生2名をカリフォルニア大学ア-バイン校へ派遣し,CYP1A2のX線結晶解析の成功へと努力している。
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