研究概要 |
樹木の成長応力は,細胞壁の木化に伴って発生する。その発生過程は1970年代から二つの仮説が提案されており,両者はあいいれない議論によって対峙してきた。そのひとつはリグニン膨潤説であり,他はセルロース引張応力説である。前者は,セルロースミクロフィブリルの横方向のギャップにリグニンが沈着し,それによって細胞は横方向に膨潤する結果,細胞は縦方向に縮もうとするため,縦方向に引張応力が,横方向に圧縮応力が発生すると考えるものである。後者は.セルロースミクロフィブリル自身がその長さ方向に引張応力を発生すると考えることを基本としている。 本研究代表者らは,多種類の樹木のあて材の成長応力とその組織化学的性質とに関する実測と,細胞力学モデルによる弾性解析とから,成長応力発生機構に関して統一モデルによる説明を試みてきた。その結果.細胞壁成熟過程において,リグニン堆積とセルロース沈着の双方が成長応力発生にかかわるものとの仮説を得ていた。 この仮説を検証するためには,セルロースミクロフィブリル傾斜角が小さい範囲から大きい範囲までS_2層に分布するあて材を有する種類の広葉樹について,成長応力と組織化学的なデータが必要とされる。 そこで,本研究において,イエローポプラを用いた測定を中心にして米国アパラチア山系に実験場を設定して研究を行なった。その測定結果は以下のとおりである。 ウエストバージニア州立大学の実験林にフィールドを設定した。そこで,7樹種の広葉樹を試験木に選定し,成長応力の測定を行なった。さらに,測定した試料を名古屋大学に持ち帰り,以下の試験を行なった。 (1)ウエストバージニアでの試験項目:a,各試験樹木の直径.傾斜角度の測定,記録。b,立木状態での成長応力解放ひずみの測定。c,化学成分,微細構造,弾性定数の測定用試料の調整,日本への発送。 (2)日本での試験項目:a,弾性定数の測定および解放ひずみから成長応力の算定。b,ゼラチン層,S_2層の断面積,ミクロフィブリル傾斜角,結晶化度の測定。c,αセルロース,クラソンリグニンの定量。 その結果,(1)ブラックローカストにおいて0.5%もの縮みの解放ひずみが測定された。これは,成長応力にして70MPaものおおきさである。また,ゼラチン層の占有面積率の大きい部分で大きな引張の成長応力を発現している。(2)イエローポプラでは,a,ミクロフィブリル傾斜角が小さい程,αセルロースの比率が大きいほど,そして結晶化度が大きいほど大きな引張応力を発生する。b,リグニン量と引張の成長応力とは相関はないか,リグニン量が少ないほどわずかに引張応力が大きくなる。などの正確なデータが得られた。 以上の測定結果は,成長応力の発生にミクロフィブリルが積極的に寄与することを示唆するものである。 以上の測定結果を細胞壁形成過程から説明するために,細胞をミクロフィブリルとマトリックスからなる繊維強化複合円筒に置き換え,その内部応力の発生について弾性論によるシミュレーションを行なった。その結果,上述の実験関係を矛盾なく説明するためには,a,ミクロフィブリルが軸方向に引張応力を発生する。b,マトリックスは等方的な圧縮応力を発生する。とする初期条件が必要であることが明らかとなった。 これらのことから,樹木の成長応力の発生機構について,「樹木細胞壁が成熟し終わった時点で,セルロースミクロフィブリル束はその軸方向に大きな引張力を.その横方向のギャップにはマトリックス物質の充填によって圧縮力を残留している。そのどちらが樹幹の成長応力となるかはミクロフィブリル傾斜角によって決定され,あて材はどちらか一方の効果が優先的に現れる」との結論を得た。 これらの結果は,最終年度の8月にフランスで開かれたIUFRO国際大会,国際形態学セミナーで発表し,討論が行われた。
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