研究概要 |
光化学系Iを中心とする循環的電子伝達は,従来フェレドキシンおよび未知のプラストキノン還元酸素を経由するとされてきたが,我々は,本研究によって,NAD(P)HおよびNAD(P)Hデヒドロゲナーゼ(NDH)を経由する電子伝達経路およびスーパーオキシドを電子担体とする経路が存在することを明らかにした。以下に研究の概略と循環的電子伝達の生理的な意義について述べる。 1.ラン藻のNAD(P)H経由の循環的電子伝達:Sycnechococcus PCC7002,Synechocystis PCC6803を用い,赤外光,閃光照射後のP700^+の還元速度を指標としてPSIIに依存しないPSIへの電子供与を測定した。赤外光照射後のP700^+の還元は呼吸基質によるプラストキノンの還元に依存し,DCMU存在下の閃光照射後のP700^+の還元は呼吸に加え,PSI還元側に蓄積した還元力によるプラストキノンの還元に依存するものと考えられる。野生株では呼吸基質および循環的電子伝達により,プラストキノンプールを経由してP700^+が還元された。この反応はHg^<2+>により阻害された。NAD(P)Hデヒドロゲナーゼ(NDH)遺伝子を不活化した変異株では,このP700^+への電子供与速度が極めて遅いことから,ラン藻では高等植物で報告されているフェレドキシン依存の循環的電子伝達に加え,NAD(P)Hに依存し,NDHを介する循環的電子伝達が機能していることを明らかにした。ラン藻spheroplastsまたは,単離チラコイド膜にNADPHを添加するとプラストキノンが還元され,これをクロロフィル蛍光の増大およびP700の還元として観察することができた。この現象は,NDH欠損株には見られず,ロテノン,TTFAで阻害された。以上より,ラン藻のNDHは膜結合性のミトコンドリアcomplex I に性質の似た酵素であることが明らかになったが,NADPHに比べNADHに対する親和性が弱い点が特徴的であった。 2.葉緑体ストロマの還元力プールの存在とそれによるプラストキノンプールの還元:C3,C4植物の葉緑体で,ストロマにプラストキノンに電子を供与できる電子プールが光照射により生成することを明らかにした。Intersystem chai およびストロマの電子プールサイズを赤外光および飽和閃光照射後のP700の酸化還元速度から測定し,C3植物では,光照射によってストロマに蓄積する電子プールはP700l分子あたり12ないし28電子であった。このプールサイズは,強光下,嫌器気条件下で増大した。またC4植物は,C3植物より大きいプールサイズを示し,その最大値はP700あたり225電子に達した。トウモロコシ葉では,光照射を止めた直後にクロロフィル蛍光が上昇したが,これは,ストロマに光照射により還元力が蓄積し,これがプラスキノン電子を供与していることを裏付ける。C4植物のストロマの電子供与体(triose phosphate,malate)による電子伝達鎖の還元は葉内細胞の葉緑体で起こるものと考えられる。白色光照射により,赤外光照射時のP700^+の定常レベルが低下したが,これは維菅束鞘細胞クロロプラストの循環的電子伝達が白色光照射により誘導された結果と推定される。 3.スーパーオキシドに依存する循環的電子伝達の存在:単離葉緑体での酸素吸収の至適pHはメチルヴィオロゲンの存在下では8であるが,電子受容体を添加しない場合には,5であった。電子受容体が存在しない場合,PSIで光還元されたスーパーオキシドは直ちにプロトン化されるとは限らず,酸化されたPSI電子供与体による酸化が起きると,循環的に電子が伝達され見かけ上酸素吸収はなくなる。両者の競合により,酸素側で酸素吸収が大きくなる。一方,メチルヴィオロゲン存在下では,通常のHill反応と同様pH8が至適pHとなる。 4.循環的電子伝達の生理的機能:ラン藻での細胞質およびIntersytem chainの電子プールを同様に測定したところ,トウモロコシに等しかった。NDH欠損株では細胞質プールの測定値が極めて小さく,光照射によるプールの増大も見られなかったことから,細胞質から電子供与はNDH経由であることが明かになったが,C4植物においても,ラン藻と同じ機構が働いていると推定される。従来循環的電子伝達はNADPHとATPの生成比の調節および,強光ストレス時の膜電位(またはpH勾配)形成によるPSII量子収率の制御に機能していることが指摘されていたが,NAD(P)Hに依存した循環的電子伝達系は,これらの規能に加えて,還元力のプールとなる炭素代謝と密接に共役しているため,光条件の急変時における還元力エネルギーの緩衝機能を持つと考えられる。
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