研究概要 |
森安はこれまでに発表されたウイグル文契約文書関係の全論文に目を通し,意味が判明している重要語句や未解明の語句についての様々の見解を網羅的にリスト=アップする作業をほぼ完了した.小田は故山田信夫教授の遺稿「ウイグル契約文書集成」の対象となった古ウイグル文書約120点総てをコンピュ-タに入力し,語彙索引をはじめ各種の索引を作成した.日本側3名はこれらの索引をチェックしながら,山田教授のテキスト自体の中に見られた表記の「揺れ」や誤りを修正・統一すべく文字転写(transcription)のシステムを確立した上で,写真に就いて全文書を読み直した.契約文書はほとんどが非常にくずれた草書体で書かれているので,同じ文脈の同じような用例を多く集め,それを比較することによって正しい「読み」が確定できるのである.写真で読み直した結果は,改めてコンピュ-タに入力し直した.この作業を通じてこれまで未解明であった術語や熟語,さらに人名・地名等の固有名詞が有機的に結び付き,新たな手がかりが得られた結果,初めて解読できた箇所もかなりあった.またこの過程で,山田教授の考えを尊重しつつ,全文書を次のように分類・整理し直した. 1.売買文書(土地,人身) 2.交換文書(土地) 3.賃貸借文書(土地,家畜) 4.消費貸借文書(官布,綿布,鍛子,フェルト,銀,小麦,キビ,胡麻,綿花,ブドウ酒,その他) 5.養子文書 6.人質文書 7.奴隷解放文書 8.遺言ないし家産分割文書 9.雑文書 以上のような準備を整えた上で森安・梅村両名は,1990年9月,中央アジアのトゥルファン出土の原文書を所蔵する機関のあるロンドン,ベルリン,レニングラ-ドを歴訪し,持参した最新のテキストと原文を読み比べ,より完全なテキストを作成することに成功した.この間,最も多くの原文書を所蔵するベルリンには最も長く滞在し,共同研究者であるベルリン科学アカデミ-のツィ-メ博士と,原文書を前にしつつテキストの「読み」や解釈について徹低的な討論を行なった.ベルリンでは,これまで全く知られていなかった家屋売買文書を初めて発見することができたのは,大きな収穫であった.さらに,ウイグル文契約文書の雛形は漢文の契約文書にあるとした従来の有力な説を証明する根拠となる漢文=ウイグル文対訳の契約文書の小断片を検討し,字体その他の特徴からこれが相対的に「古い」ものであることを確認し合うことができた.またベルリンとレニングラ-ドでは文書に手で触れ,保存状態・大きさ・紙質・色・厚さ・漉き縞の有無・押印や署名の有無・折り跡・裏面の状況など古文書学的情報もほぼ完壁に収集した.そして先の内容からの分類と,紙質や大きさとの間に一定の関連があることもつきとめた.これによって,これまで何の契約文書か分らなかったような細片を分類する手がかりが得られた. 森安・梅村の帰国後,日本側3名はもう一度合宿し,渡欧の成果を踏まえてコンピュ-タ既入力テキストの修正と新発見文書テキストの入力を行ない,それに基づく最終的な語彙索引を作成した.但し,文献学者・歴史学者の双方が安心して引用できる,現時点で望み得る最良のロ-マ字転写テキストを提供するためには,今一度の点検が必要である.目下,我々3名とドイツのツィ-メ博士がそれぞれにこの作業を進めている. 今後は,ツィ-メ博士をドイツより招聘して長期の合宿を行ない,それまでに各自が準備したテキストの翻訳・言語学的注釈・歴史学的注釈を擦り合わせ,出版用の最終原稿を完成しなければならない.「ウイグル文契約文書集成」はTu^^¨rkische TurfanーTexteシリ-ズの1巻として出版されることが予告されて以来,世界中のトルコ文献学者と中央アジア史研究者が待ち望んでいるものであり,その完成は言わば我国の学界が世界の学界に対して負った義務であるので,なんとか方策を講じて完成させたいと願っている.
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