研究概要 |
本研究課題では,グラファイト表面に物理吸着して単分子膜を形成した系を対象としている。その目的は,これら単分子膜の構造とダイナミックスおよび熱力学的性質を調べることによって,吸着膜内で作用する分子間力や分子運動の様子を明らかにし,2次元系特有の相転移の機構を解明することである。 1.具体的に対象とした分子は,アルゴン,クリプトン,窒素,一酸化炭素,亜酸化窒素,メタン(重水素置換体を含む),フッ化メチル,塩化メチル,臭化メチル,ヨウ化メチル,ネオペンタン(重水素置換体を含む),テトラメチルスズ,フッ化スルフリル,六フッ化硫黄,メタノール(重水素置換体を含む),t-ブタノール,C_<60>であった。また,混合系についても調べた。 2.実験手段として採用したのは,構造を調べるためのX線回折と中性子回折,タイナミックスを調べるための中性子散乱の実験,熱力学的性質を調べるための吸着等温線と熱容量の測定であった。 3.おもな成果 (1)2次元固相における相転移の発見・・・吸着等温線の測定によって単分子膜容量を決定した上で熱容量測定を行ったところ,クリプトン,窒素,一酸化炭素,メタン,フッ化メチル,塩化メチル,ネオペンタン,フッ化スリフリル,六フッ化硫黄の単分子膜について固相転移を見いだした。 (2)2次元固相の構造決定・・・X線および中性子の回折実験によって,一酸化炭素,メタン,フッ化メチル,ネオペンタン,メタノールの単分子膜の構造を調べた。このうち,フッ化メチルとネオペンタンについては,中性子実験によって構造決定を行うことができた。 (3)回転トンネル準位の決定・・・メタン(CH_4とCH_3D)およびフッ化メチルの単分子膜については,極低温(0.4K)で中性子散乱の実験を行うことにより,回転トンネル分裂を直接観測することができた。また,熱容量測定によっても,これを観測した。とくにメタンについては,核スピン変換現象を捉えることができ,常磁性不純物として酸素を混入したときの触媒効果についても調べた。 (4)振動状態の解明・・・単分子膜における格子振動と吸着分子の縦振動や回転振動の状態を,中性子散乱実験と熱容量の解析から求めた。とくに,メタン,フッ化メチル,塩化メチル,ネオペンタン,メタノールの単分子膜では,両者を相補的に用いることにより,振動数を正確に求めることができた。 (5)2次元柔粘性結晶相の発見・・・球形に近い分子,ネオペンタン,フッ化スルフリル,六フッ化硫黄の単分子膜では,融点直下の固相で分子配向が乱れていることが,熱容量測定と中性子散乱実験によって明らかになった。 4.まとめ・・・本研究によって,吸着単分子膜という理想に近い2次元系で,様々な分子について,いわば2次元分子結晶が実現できることが明らかになった。この様な系では,分子間相互作用の微妙なバランスによって,バルク固体よりもバライェティに富む様々な相が実現することも分かった。本研究で採用した手法,すなわち,X線および中性子回折(構造研究),熱力学測定(エネルギー的側面),中性子散乱(ダイナミックスの研究)は,これらを相補的に用いることによって極めて重要な情報が得られることが実証された。 5.今後の方針・・・現在,熱力学的測定は大阪大学で,X線回折はオックスフォード大学で,中性子実験はILL(グルノーブル),ISIS(ラザフォード),KENS(高工研),JAERI(原研)で行っている。今後は,強力X線を用いた回折実験をPF(高工研)で行うつもりであるが,中性子実験については,今後とも国際的な共同研究が是非とも必要である。一方で,吸着媒を窒化ホウ素に換えて,単分子膜の誘電測定も進行中であり,こうした多面的な研究によって,近い将来,単分子膜がひとつの物質相として認知されることになろう。
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