研究概要 |
本研究の対象となる表皮基底膜部に病変を生ずる疾患の中で,遺伝性家族性水疱症と自己免疫性水疱症は,病因・診断・治療のいずれの面からも世界的なレベルで注目を集めている疾患群である。前者に属する表皮水疱症の場合,診断の補助手段として表皮基底膜部の諸成分に対する抗体をマ-カ-とした水疱形成部を同定する方法が新しい手段として現在導入されつつある。自己免疫性水疱症に属する類天疱瘡では抗原の表皮基底膜部での局在,また分子生物学的手技を含む各種の検査手段による抗原蛋白の同定が病因を知る上でも注目されている。 我々の一つの大きな研究目的は異なった人種に生ずる類天疱瘡という同一疾患について世界レベルで検討し,抗体の多様性が人種差によるものか,あるいは検査手段によるものかを明らかにすることにあった。 第一年度の平成2年度は,手技の確立,材料を各国からできるだけ多く収集すること,そして基礎的デ-タをそろえることを目的とした。すなわち超低温同定による微細構造の観察を当科の研究室で行うことを可能にするべく,機器を購入(文部省科学研究費の援助により)し,基礎条件を確立し,表皮水疱症の診断に必要な単クロ-ン抗体(LH7.2,GB3)をマ-カ-とする診断法を当科研究室にてル-チンに行えるようにした。また当科で確立したヒト抗表皮基底膜部単クロ-ン抗体(類天疱療患者リンパ球由来)の表皮基底膜部での局在を上記の新しい方法にて明らかにした。これらの基礎デ-タは平成3年度に,2〜3の致死型表皮水疱症の出生前診断にも応用され,期待通りの成果をあげることができた。この方向の研究に関しては分担研究者である英国ロンドン大学イ-ディ教授のグル-プとの意見の交換ならびに材料の交換が大きな役割を果した。 同様に平成2年度に,自己免疫性水疱症で表皮基底膜部に病変を生ずる類天疱瘡の抗原物質の同定にも必要な免疫ブロット法,免疫沈隆法の手技を確立した。その際,分担研究者である米国NLHスタンレ-博士,天谷博士との実験条件の討論をもとに詳細に実験条件を検討した結果,両法での反応の差が抗原蛋白の抽出条件の差に由来することが明らかとなった。そして免疫ブロット法,免疫沈降法ならびに免疫蛍光法の三法を用いて,日・英・米の類天疱瘡患者血清の反応性を解析した。その結果,人種間に表皮基底膜抗原蛋白の多様性に差がみられないこと,ならびに主要抗原である230kDおよび170kD抗原のうち,170kDの抗原の存在と一部の類天疱瘡血清の免疫蛍光による基底膜に加えて細胞膜との反応性が相関するという興味深い事実が明らかとなった。集積された血清はさらに当科で開発中のリンコンビナント蛋白抗原を用いたELISA法の検索にも使用する予定である。この方向の研究には分担研究者である米国NIHスタンレ-博士,天谷博士の協力の他,厚生省稀少難治疾患研究班に属する国内諸施設からの血清の供与が大きな役割を果した。英国の血清はイ-ディ教授の所属する英国ロンドン大学ブラック博士の協力によって集積された。三法による日・英・米の類天疱瘡患者血清の解析は英文論文にまとめられ,目下投稿中(J,Invest,Permatol.)である。 一方,表皮基底膜部にIgAの沈着する線状IgA皮膚症は欧米に症例が多い傾向にある。我々は欧米出張の際に,この方面の専門家である米国ユタ大学ゾ-ン教授,英国ロンドン大学ブラック博士らより標準血清ならびに患者血清の供与を受け,本邦例とあわせ,抗原蛋白の同定を試みた。その結果,米国より報告されている97kDの抗原蛋白を同定したが,英国で報告されている285kDの抗原蛋白を検出し得なかった。目下実験材料について再度,検討を続けている。またこの基底膜部抗原の局在についても目下諸家の見解は一致していない。我々は超低温固定,超低温置換後固定法によって,抗原局在部位の検索を急いでいる。これらの成績は今後,国内外の学会で発表の予定である。以上の如く,2年間に亘る国際学術研究は研究者間の交流を一層深めると同時に,共同研究およびお互いの個々の研究をも刺激し,多大の成果をもたらしつつあるといえる。更に解明すべき新しいプロジェクトも得られたので,今後,研究の規模を拡大し,この方面の研究を一層発展させる予定である。
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