研究概要 |
本研究では,虚血・再潅流などによりもたらされる細胞内カルシウム・イオンのホメオスタシス異常の機作を解明することに焦点を当て,以下の結果を得た。いずれの研究においても,摘出潅流心にカルシウム指示薬5F-BAPTAを負荷し,その信号をフッ素核磁気共鳴法(F-NMR)にて観測することにより,細胞内カルシウム・イオン濃度を測定した。核磁気共鳴法は,同時に燐の信号を観測することにより,細胞内のエネルギー代謝を測定できる利点があり,本研究でも有用であった。 初年度(平成2年度)では,虚血・再潅流に伴い生じる心筋細胞内のカルシム・オーバーロードの発生機序について検討した。潅流心標本を,30°C,30分間の虚血状態に置き,その後再潅流すると,細胞内カルシウム濃度は,虚血前に比し,虚血25-30分においては約4倍にまで,再潅流直後0-5分でも約3倍に上昇していたが,その後,速やかに対照時の値へと回復した。この虚血時のカルシウム・オーバーロードの機作として、膜脱分極に伴ったカルシウム・チャネルの開放が考えられるが,これが細胞内カルシウム濃度の直接的測定により検討したものはない。そこで,心筋をカルシウム・チャネル遮断薬にて前処置の後,虚血・再潅流を行ったところ,虚血前のカルシウム濃度は非処置群と有意差はなかったが,虚血25-30分にても虚血前値の約1.5倍と有意に低く,再潅流時の一過性上昇も認めなかった。すなわち,虚血時に認められるカルシウム・オーバーロードは,カルシウム・チャネル遮断薬により阻害された。このことは,虚血・再潅流時の細胞内のカルシウムの制御機序に,カルシウム・チャネルも関与していることを示唆し,新たな知見と考えられた。 第2年度(平成3年度)においても,虚血・再潅流に伴い生じる細胞内カルシウム・オーバーロードの機序について検討を行った。我々は,短時間の虚血後,心筋を再潅流した際に生じる可逆性の収縮性低下(いわゆる,stunned myoccardium)の発生機序として,再潅流に伴って生じる一過性の細胞内カルシウムのオーバーロードが重要であることを明らかにし,この一過性のカルシウム・オーバーロードが,細胞膜に存在する,ナトリウム・カルシウム交換機構によりもたらされている可能性について指摘してきた。今回,この仮説を検証するため,高ナトリウム溶液による再潅流により再潅流時の細胞内外のナトリウム濃度勾配を調節し,ナトリウム・カルシウム交換を逆向きにすることにより,収縮性低下が軽減され得るか検討した。その結果,高ナトリウム溶液による再潅流が再潅流後の収縮機能の低下を防止すること,しかし,高ナトリウム溶液と同等の高浸透圧溶液(庶糖溶液),あるいは,高ナトリウム溶液と同等のイオン強度溶液(塩化コリン溶液)では,高ナトリウム溶液による再潅流で認められたような収縮性低下に対する防止効果が認められないことを明らかにした。以上の結果は,高ナトリウム溶液による再潅流の防止効果がナトリウムに特異的であること,すなわち,再潅流に伴うカルシウム・オーバーロードがナトリウム・カルシウム交換機構によりもたらされていることを強く示唆し,従来の仮説の妥当性を明らかにし得た。 最終年度(平成4年度)においては,細胞内カルシウム・イオンのホメオスタシスの維持に対する解糖系の寄与について検討した。従来の仮説では,解糖系由来のATPがイオン・ホメオスタシスの維持に必須であるとされている。しかし,解糖系を種々の方法において阻害し,あるいは,細胞内グリコーゲンの枯渇によりそのフラックスを消失せしめても,それだけでは,細胞内の拡張期カルシウム・イオン濃度は保たれていた。一方,解糖系阻害の結果,細胞内に糖燐酸が蓄積すると,拡張期カルシウム・イオン濃度の上昇を認めた。以上の結果は,細胞内イオン・ホメオスタシスの維持に解糖系由来のATPが必須というよりも,むしろ、解糖系阻害の結果蓄積する糖燐酸に何らかのイオン・ホメオスタシスの障害作用があるこを強く示唆した。
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