研究概要 |
本年度は本研究課題の初年度であり、熱異性化の過程で化学励起を起こす高歪化合物の分子設計の基礎についての研究を行なった。反応系の設計にあたって、(a)反応が熱的に禁制であること、(b)反応熱が大きくこと、遷移状態から生成物の励起一重項項秘態への遷移がエネルギ-的に可能なことの2つをまず考慮した。1つの候補として、すでに見出している1,2,3ートリーtーブチルアントラキノン(1__ー)と1__ーの光照射で得られる1,2,3ートリーtーブチルー1,4ーデュワ-アントラキノン(2__ー)の原子価異性体対を検討した。この系は上記2の条件を満たしていると思われるのみならず1__ーの最低励起一重項がππ性であることも化学励起に都合がよい。しかし、この系では化学励起の検出が困難なため、1,2,3ートリーtーブチルー5,8ーデュワ-アントラキノン(3__ー)を合成し、1__ーへの異性化に伴う化学励起を検討した。比較のため1,4ーデュワーアントラキノン(4)についても検討を行なった。3__ー、4__ーともに定量的に1__ーおよびアントラキノンを与えた。それぞれの熱異性化反応の活性化エネルギ-は18および27キロカロリ-/モルで、反応熱はそれぞれー62およびー65キロカロリ-/モルと測定された。これは、3__ー→1__ーおよび4__ー→アントラキノンの反応ともに、生成物から見た遷移状態のエネルギ-が80キロカロリ-以上もあることを意味しており、それぞれの生成物の励起一重項を与えるに十分である。熱異性化において、4__ー→アントラキノンでは化学励起は検出されなかった。一方、3__ー→1__ーにおいては、反応に1,2,3ートリーtーブチルー1,4ーデュワ,アントラキノンの生成が認められ、化学励起が化学滴定された。この2例の違いは、生成物の返励起一重項の性質(ππかnπか)の違いに帰属でき、当初の分子設計上の考えが妥当であることを裏づけており、今後のより高効率な分子の設計へ展開したい。
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