研究概要 |
日本列島の最終間氷期以降の植生変遷をとくに海況変化との関連でとらえ,植生および植生を構成する種群の拡散モデルを構築するために,照葉樹林の発達過程に着目し,主に太平洋に面する海岸低地および内陸域の低地の花粉分析をおこなった。その結果次のことが明らかになった。 1.関東以西の低地部では,後氷期を通じて照葉樹林が拡大,成立するが,照葉樹林を形作る要素や拡大時期,発達の様式には地域によって差異がある。2.照葉樹林の成立時期と樹種構成やその発達過程は,日本列島の南西部から北東部へ,そして,沿岸域から内陸域へと温度勾配にしたがって連続している。3.日本列島太平洋沿岸部は,10000年前にはすでに黒潮の影響下にあり,照葉樹林構成要素は潜在的に分布していた。中でも,伊豆半島松崎低地は日本列島の中央より東に位置するが,早くから黒潮の影響を受け温暖であったため,シイ林の発達が著しく,カシ類やナラ類を随伴しない(松下,1990)。また房総半島太東崎での後氷期初期に堆積したと思われるピ-ト(年代測定中)からも落葉広葉樹花粉とともにシイノキ属,アカガシ亜属,エノキ-ムクノキ属などの照葉樹林構成要素が検出された。こられのことから,照葉樹林は九州南部から北方へ拡大するとともに,黒潮の影響を受けてきた室戸半島や紀伊半島をはじめ,伊豆半島,房総半島の南端から一斉に拡大したことが推定される。4.照葉樹林の拡大期は後氷期の前半を通じて3回認められた。これらの拡大期は海水準の変動と大きくかかわっている。8500年前の拡大期は,海水準の急速な上昇開始期におおむね一致し,7500年前の拡大期は海水準の停滞あるいは小変動期に一致する。そして6000年前の拡大期は最高海水準期に一致する。これらの拡大期では,海水準の状態がそれぞれの地域で,照葉樹林の拡大を促進する効果をもたらした。
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