研究概要 |
「金瓶梅」の創作手法で特微的なことは,1,「水滸伝」を含む各「話本」より,その筋や着想面において様々なヒントを得ているのみならず,「話本」に収められている駢語や詩詞を安易に鈔襲していること,そしてその鈔襲は,特に「水滸伝」からなされていることが多いことと(「話本」と「金瓶梅」),2,この小説が明らかに明代の様相を伝えているにもかかわらず,話を前代の宋代に設定するいわば「前代への投影法」ともいうべき手法がとられていることである。 では,この小説は明代のいつ頃のいかなる様相を伝えているのだろうか。まず作品では,官界での様々な人物の動向が次第に蔡京を中心とするものに変りつつあることが見てとれる。これは基本的には,厳嵩を中心に政治が展開した嘉靖年間の官界の投影であろうと考えられ(金瓶梅に描かれた役人世界とその時代),ことに十七回に見られる宇文虚中の弾効と楊〓の失脚は,嘉靖二十九年の庚戌の変のほか北方の遊牧民との間に惹起された一連の事件の複合的投影と思われる(「金瓶梅」十七回に投影された史実一宇文虚中の上秦文より見た-)。だが,「金瓶梅」に書かれている様相が確かに嘉靖時代のそれであったとしても,これがただちに「金瓶梅」が書かれた時代であることを意味しない。この小説中,従五品官でしかない西門慶が往々獅子の補服を着用するが,これは明代中葉以降,中でも万暦年間における武官や富官らに見られた補服制度の乱れの投影されたものであることが明らかになった((金瓶梅補服考),また,作中,手本とか掛真児といった石暦時代になって始めて流行した風習や俗曲の名前も出てくるので(「金瓶梅」に見える明代の用語について),この小説が書かれたのは,万暦時代においてであったと思われる。また創作意図としては,一介の成り上がり商人の行状の描写を通じて,当時の乱れた風潮を諷刺する意図があったものと思われる。
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