貨幣数量説の意味と問題点を明らかにする研究の一環として、19世紀央のイギリスで展開された通貨論争について検討した。具体的には、論争の主要参加者の著作および議会証言(British Parliamentary Papers所収)を分析資料として、各論者の議論の整理と問題点の析出を試みた。 今年度の研究は、まず、銀行学派の代表的論者であるT.トゥックの議論をとりあげ、貨幣数量説批判がいかなる論理をもって展開され、それにはいかなる意義と限界があるのかという点を検討することからはじめられた。その検討の結果は、「トゥックの価格理論と貨幣数量説批判」(『信州大学教養部紀要』第25号1991年2月)という論稿にまとめた。この検討結果の概要を簡単に記せば次のようになる。トゥックの貨幣数量説批判の論点は、1.実証的反証、2.銀行券以外の信用諸形態の貨幣機能の強調、3.通貨流通の受動性の指摘、というかたちに整理できる。そして、これらは、貨幣範疇に含められない多様な信用諸形態の存在に起因する貨幣の流通速度の可変性や、信用制度が貨幣機構にとって不可欠の存在となっている資本制経済における貨幣供給の内生的性格を指摘したものと捉えることができ、現代の貨幣数量説に対する問題提起としても重要な意味をもっている。なお、トゥック自身の価格理論については、需要を所得に帰着させる需給説であるが、期待の要素を強調し、貨幣量とはことなる信用量の価格への影響を重視する議論であるとみることができる。トゥックをはじめとする銀行学派の議論は、貨幣数量説批判としては積極的に評価できる論点を呈示している。だが、好況末期の過剰信用に対していかに対処すべきかという点に関する議論では、問題が多い。そしてこの点で通貨学派の議論を再検討する必要があるが、通貨学派の議論についてはトゥックに続いて検討を行なっている。
|