研究概要 |
これまでに合成されたすべてのハロゲン架橋混合原子価錯体においては,一次元鎖上のハロゲン原子が2価と4価の金属の中央から片寄った位置に存在する。このようなひずみを持たない一次元鎖の合成が試みられ,最近,ハロゲン原子が中央に位置する錯体,[Ni(chxn)_2X]X_2(X:Cl,Br;Chxn:cycloRexane diamine)が合成された。この錯体では,すべてのNi原子が同等になっている可能性があり,この時常磁性Ni(III)の一次元鎖の形成が期待される。本研究では,まず,鎖上のNi原子が2価と4価の二種類なのか,すべて同等なのかを調べる目的で, ^<13>C固体高分解能NMRスペクトルを測定した。その結果,塩素・臭素架橋ともに,同強度の3本線が観測された。結晶中には非等価な三種類の炭素(Chxn分子中のα,β,γ炭素に対応)が存在することが明らかにされており,本実験の結果と一致した。一方,類似構造の5種類のPd錯体の ^<13>CNMRを測定したところ,すべて,α炭素(金属に最も近い炭素)が同強度の2本線に分裂した。この2本線は,Pd(II)とPd(IV)に配位したchxn分子の電子状態に差があるため分裂したと解釈される。従って,Ni錯体のα炭素が鋭い1本線であることから,Ni原子がすべて同等で,混合原子価状態ではないことが明らかになった。次に,水素核のスピン格子緩和時間の温度変化を結晶構造が同型の錯体,[M(chxn)_2][MCl_2(chxn)_2]Cl_4(M:Pt,Pd,Ni)について測定した。混合原子価状態であることがわかっているPt,Pd錯体の ^1H緩和時間は1〜10秒の桁となり,どちらも配位子の大きな運動がない反磁性物質の典型的値となった。それに対し,Ni錯体は3桁程度短い緩和時間(10ms)となった。このことは水素核が不対電子が作る強い磁場のゆらぎを感じていることを意味しており,常磁性Ni(III)の一次元鎖が作られていることが本研究により明らかに示された。
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