ヒト・ゲノムのなりたちを知るうえで、近縁の霊長類との比較研究は多くの情報をもたらすものと考えられる。HGMー10(1989)では、チンパンジ-をはじめとする11種のヒト以外の霊長類の比較マッピングの結果がまとめられ、各種につき26〜70の遺伝子に関してそれを担う染色体が特定されている。しかしながら、実際にregional mappingまでなされている例は少ない。本研究では、nonーRI in situ hybridization法により、予研遺伝子バンクより供与されたヒト第2、第6染色体上の遺伝子DNAなどをプロ-ブとして、チンパンジ-、オランウ-タン、アカゲザル(マカカ属、2n=42)について比較研究を行なった。チンパンジ-とオランウ-タンについては、国際規準化された染色体表記法に基づき遺伝子座を決定した。チンパンジ-、オランウ-タンでは、従来の体細胞遺伝子学的研究法で予測されている遺伝子座位と矛盾のない結果が得られた。一方アカゲザルとヒトとの比較では、バンド法では検索しえない顕著な染色体の転座や逆位などの構造変化の存在を示唆する結果が得られた。たとえばヒト第6染色体短腕中部(6p21.3)にマップされているMHC領域の遺伝子座は、アカゲザルでは第5番目のサイズの常染色体の長腕中部にマップされ、核型進化上この染色体に逆位、転座などの構造変化が起こったことを示すものと考えられる。従来バンド・パタ-ンに基づき原猿からヒトに至るまでの核型進化が論じられ、いくつかの系統樹モデルも提示されているが、今後は霊長類各種の遺伝子マップを作成し、その比較に基づく染色体進化を調べる必要があることを明確にした。
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