研究概要 |
数種のナス科植物の含有されるトロパンアルカロイドはオルニチン及びアルギニンからプトレシンを経由して生合成されるが,プトレシンまでの経路は生物一般に存在するポリアミン生合成と共通の経路である。アルカロイド特異的経路へはプトレシンがN-メチル化されることにより分岐するが,この反応を触媒する酵素がプトレシンN-メチル基転移酵素(PMT)である。PMTを用いてアルカロイド生合成の組織・細胞特異的発現の機構を分子レベルで解明するを目的に,ヒヨス培養根からPMTを各種クロマトグラフィーを用いて高度に精製し,その酵素学的性質を調べた。具体的には,硫安分画のあとブチルカラムとDEAE-カラムを通し,次にSAHアフィニティー・クロマトグラフィーを実施した。さらに末変成調製ゲル電気泳動を行い,最終的にクロマトフォーカシングを用いて精製した。精製した酵素標品はSDS-PAGEと銀染色により数本のバンドを与えた。部分精製した酵素標品を用いてPMTの性質を調べたところ,PMTはプトレシンを最良の基質とするほか,1,3-diaminopropane や N-methyl-1,3-propanediamineなどのジアミン,さらにスペルミジンやスペルミンなどのポリアミンにもある程度反応するが,モノアミンは全く基質としないことが判明した。Km値はプトレシンに対し0.37mM,SAMに対し0.57mMであった。本メチル基転移酵素は特に金属イオンを必要としなかった。モノアミンは拮抗阻害剤であり,n-butylamine (Ki 11.0μM),cyclohexylamine(Ki 9.1μM),exo-2-aminonorbornane(Ki 10.0μM)が特に強くPMT活性を阻害した。また,至適pHはややアルカリ性側のpH9付近であった。n-butylamineをヒヨス培養根に投与したところ,アルカミン生合成中間体(tropinone,tropine,pseudotropine)およびhyoscyamineの培養根中の含量が著しく低下した。これに伴いプトレッシンなどのポリアミン含量(遊離型と結合型の合計量)が増加した。アルカロイドの低下量とポリアミンの増加量はほぼ等しく,このことからもPMTがアルカロイド特異的経路の初発酵素であることが支持された。
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