研究概要 |
3‐acetylpyridine(3AP)の投与によって下オリ-ブ核を選択的に化学的破壊したラットでは片側膜迷路の傷害に伴う運動障害の回復が起こらない。一方,片側膜迷路の傷害に伴う運動障害から回復したラットに3APを投与すれば,2時間以内に回復した筈の運動障害症状がぶり返す。これらの実験結果はolivo‐cerebellar system(OCS)が膜迷路の傷害により欠損した前庭機能の代償機能の獲得及び保持に不可欠のものであることを示す(Llinas et al.,1975)。筆者は咀嚼運動も学習により獲得される運動と仮定して,OCSの咀嚼学習への関与を動物実験において証明することを試みた。【方法】咀嚼経験が少なく学習の未完了のラットと咀嚼経験が豊富で学習の完了したラットの下オリ-ブ核を共に3APで選択的破壊した場合の咀嚼障害の程度,並びに障害からの回復程度を観察した。前出のLlinas et al.の方法に則り3APの腹腔内投与により下オリ-ブ核を破壊した咀嚼経験の少ない5週齢群と,咀嚼経験の豊富な8週齢群,及び生食水を腹腔内投与した5および8週齢群(対照群)において,市販の棒状クッキ-(長さ5mm)を臼歯部で咀嚼する時の咬筋及び側頭筋EMGを3AP又は生食水投与前,投与後2日目及び7日目に記録し,放電リズムを比較した。【結果】(1)餌がまだ硬い状態の咀嚼初期と嚥下直前の咀嚼後期のdurationの平均変化量の比は,5週齢・3APラットにおいてのみ投与後 2日目及び 7日目で投与前に比べて有意に増加した。(2)一定量の餌を嚥下する迄に要した総咀嚼回数を投与前後で比較すると,5週齢・3APラットでは投与後 2日目で 1.5倍,7日目で2.3倍と経日的に顕著に増大したのに対して、8週齢・3APラットでは投与後 2日目で 1.5倍に増加したものの 7日目で投与前のレベルに戻り回復を示した。【結論】幼若ラットの咀嚼学習にはOCSが必須であるが,一旦咀嚼学習が完了したラットではOCSが破壊されても咀嚼運動は障害されない。
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