放射線による細胞がん化過程において、細胞骨格関連タンパクが質的・構造的変化を起こし、それらのタンパクの相互関係の乱れが細胞がん化過程で重要なステップを果たすという作業仮設に従い研究を行った。 これまでに、我々は、シリアンハムスタ-胎児(SHE)細胞では、がん化に伴って240KDaのタンパクが消失することを報告してきた。今年度は、まず第一にP240の特定とその消失の原因を調べた。その結果、(1)このタンパクはヒト細胞などで通常報告されている分子量よりやや大きいものの抗体との結合状態などからファイブロネクチンであること、(2)細胞内存在量は、がん化細胞で正常細胞の10ー60%と変動が大きいが、すべてのがん細胞は、細胞外でネットワ-クを作ることができなくなること、(3)泳動タンパク試料を4℃で保存すると、P240はアクチンやチュブリンなどの細胞骨格タンパクに比べて極めて速やかに分解されること、(4)がん化細胞の破砕遠心上澄液は、正常細胞のそれにくらべてタンパク分解作用が格段に強いことなどが判った。これらの結果から、P240の消失はタンパク産生自身がなくなるのではなく、がん化に伴うタンパク分解能力が増強され、P240が他のタンパクに優先して破壊されるためであることを示唆する。抗ファイブロネクチン蛍光抗体による染色で観察すると、細胞外のファイブロネクチンネットワ-クは、正常細胞では細胞同士が共有する形で構成されるが、がん細胞では、個々の細胞の周辺に微細粒子状に存在するのみでありネットワ-クを形成しない。これらの結果から、我々はファイブロネクチンの細胞内存在量であるいは存在形態の変化が細胞がん化の重要なステップであると推測している。もし、この仮定が正しければ人為的にファイブロネクチンの存在量あるいは形態をかえられれば正常細胞でがん形質を発現できると思われるが、現在アンチセンスDNA移入法を使って仮説の是否を検討中である。
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