研究概要 |
1.実施する以前から所在を把握している「流行神」については,以下のようである。 (1)「首無地蔵」に関しては地蔵のある広島県府中市での実態調査に加え遠隔地からの参詣者に対する聞き取り調査を中心に実態把握を行なった。特に滋賀県からは,宗教者の入らない俗人だけの緩やかな組織を形成しながら集団で参詣していることが明らかになり,「流行神」信仰形成を考察する上での重要なポイントであることが指摘できた。 (2)「横樋観音」に関しては信者の台帳分析により信仰圈や祈願内容の把握ができた。その結果,「首無地蔵」と比較して狭い信仰圈をもつことが明らかになったが,その大きな理由として仏像出現初期におけるマスコミの関わりが希薄で,主にパ-ソナル・コミュニケ-ションによる情報伝達がなされた点が指摘できた。また「首無地蔵」と同様に聞き取り調査を中心に実態把握を行ない「流行神」信仰形成を考察する上での重要なポイントであることも指摘できた。 (3)「幸運仏」・「白玉龍神」・「緋鯉地蔵」・「幸魂様」については資料収集が未完了であるが,現段階の資料からは,出現初期におけるマスコミの関わりの程度が,〈流行り〉の度合いに関連することが推定される。 (4)前年度後半から実施している文献に現れた「流行神」に関する記述の収集は,とりわけ近世に書かれた随筆を集大成した「日本随筆大成」を中心とした分析を,当該地域の地誌関係の書物の分析の二本立てで実施しており,その結果の一部は日本宗教学会において「金石の随筆に見られる流行」の題名のもと,口頭発表した。このような資料の分析は年度内の完了が難しいため引き続き次年度以降の課題となるが,現代の「流行神」の形成初期の問題や,また「流行神」信仰の展開する方向の類型化を行なう上で,大きな力になるものと思われる。
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