本年度は主に具体的なデ-タを収集するため東京及び関西方面に調査に出かけた。作家の死因についてデ-タを整理するとともに、彼らの生活態度、及び作風に「結核」や「ガン」の影響がどういうかたちで現われるかに注目した。何か一貫性があるものと考えて結果を期待したが、作風の展開を決定するには様々な要因が複雑に重なりあっており、死に対する恐怖のみが、大きくクロ-ズアップされるとは限らず、作家の個性によって、思ったより多様な現われ方をするようだ。ことに現代は「死」に遭遇する様々な機会があり、「ガン」だけを特定するわけにはゆかず、多かれ少なかれ死に対する恐れは、日常生活の中で埋没しており、時折何らかの体験が引きがねになって顔を出す。中には常に死にこだわり続ける作家もいるが、それはむしろ特例といってよい。 こうした現代の美術家についての個別的なデ-タ集めとあわせて、主に国会図書館や東京大学、京都大学など大学附属図書館で、時代そのものが、あるいは集団が死に向かう態度について研究した欧米の文献を調査した。その場合、美術作品をデ-タとして利用しているものも多く、ことに心理的に緊迫した時代に秀作が頻出する点は興味深い。そうした中で、中世末期ことに西暦1500年を前後した時期に「最後の審判」の主題とともに、多くの名作が生まれており、そこでは死に対する恐れが下敷きにされている。しかし重要なのは、実際の死よりも死に対する恐れの方が上まわったという点であり、そこに芸術作品の必要性が準備されたといえるようだ。様々な怪物が画面に現われるのもその時である。またそうした恐怖を笑いとばそうとした「阿呆船」というような諷刺的テ-マの出現も見のがせない。来年度はさらに「流行病」「地獄」「終末思想」といった死の恐れを喚起するこの時代の文脈を調査し、再度現代へと投げ返してみる計画である。
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