交尾を契機に雌マウスに形成される雄フェロモンの記憶は、記憶学習研究の優れたモデルとして有用である。なぜなら、フェロモン情報処理系(鋤鼻系)の最初の中継部位である副嗅球に生ずるシナプスの可塑的変化と学習が直接に対応しているからである。交尾刺激により賦活されたノルアドレナリン神経の働きを引き金として、種々の情報分子が関わり、僧帽細胞から顆粒細胞への興奮性シナプスに電気生理学的変化(伝達効率の長期増強、long-term potentiation[LTR])が生ずることをわれわれは示してきた。すなわち、副嗅球のスライス標本を用いて、僧帽細胞から顆粒細胞への興奮性シナプス伝達に入力特異的にLTPが誘導される。このLTPの誘導には、海馬で一般的に用いられる100Hzの刺激はあまり有効ではなく、比較的低頻度、すなわちtheta波(10Hz)で、かつ、比較的長時間の刺激を与えることが必要である。この所見は、形成に数時間を要するフェロモン記憶の特徴と一致している。昨年、LTPはNMDA受容体依存性に成立し、NAがalpha2受容体に作用することによって促進されることを示した。今回、NAの作用部位及び作用機構を解析した。NAは僧帽細胞(シナプス前部)のalpha2受容体に作用して電位依存性Ca2+チャネルの抑制を介してグルタミン酸の放出を抑制し、顆粒細胞に発生する興奮性シナプス後電流EPSCを減弱させた。このNAの抑制効果は、10Hz刺激によって生じる顆粒細胞の脱分極性プラトー電位を低いレベルに保つことによって逆に活動電位を多数発生させた。この多数の活動電位の発生がLTP誘導の促進をもたらしていると考えられる。
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