研究概要 |
本研究の目的は、これまで非合理的側面が強調されてきた「多数派同調」(Asch,1951)を、社会的情報処理における認知バイアスと捉え、その適応的機能を明らかにすることにある。認知バイアスの多くが外的環境への適応という点で個体の生存に有利に働くという適応的視点は、近年の認知研究の重要な視座となっている。本研究は、こうした適応的視点を社会的相互作用場面に拡張し、多数派同調傾向が、不確実環境下で適応的な行動を導く認知バイアスである可能性を検討する。 本年度は、社会的学習の有効性に関する進化ゲーム理論モデルを構築し、進化シミュレーションによってその性質を組織的に検討した。進化シミュレーションの結果、個人的な情報探索にコストがかかるときには、社会的情報のみに依存する者と、個人的学習も行い社会に情報を提供する者が一定比で均衡することと、その均衡比が情報探索コストの高低に応じて変動することが分かった。さらに、多数派の意見を重視する傾向(多数派同調バイアス)は、個人的学習のコストが高くなるほど低く調整されるという結果が得られた。また、この結果は実際の人間を用いた心理学実験でも同様に得られている。以上の結果は人々が社会的情報の妥当性に応じて情報獲得方略を調整する可能性を示しており、多数派同調傾向に適応的基盤が存在することを意味している。この研究成果に基づき、本年度は英語論文を1本、日本語論文を2本それぞれ執筆し、学会発表を2回(国内1回、海外1回)行っている。
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