研究概要 |
フィリピンとタイは,文化,社会,政治などの諸条件を全く異にしているが,1980年までは経済面で「双子」と称されるほどの類似性を呈いてした。ところが,1980年代に二国の経済発展の達成度の格差は拡大の一途を辿った。タイは準ニックスと呼ばれるまでに至ったのに対して,フィリピンが慢性的停滞状況にあることは周知のところであるが,二国の経済発展の格差の原因と背景につてい説得的な議論はほとんどなかった。そこで,本研究では,平成3年ではフィリピンを,平成4年ではタイを対象として,二国の農村と都市の両部門における調査をとおして,農村経済構造の動態を比較検討し,経済的格差とその拡大現象の要因を検討した。 まず,平成3年度においては,フィリピンの経済発展において決定的重要性が指摘される農地改革の実態を村落レベルの調査によって分析した。農地改革省,非政府組織,農民組織の三者が一体となり,農民へのサポート充実をはかりながら改革を押し進めようとするトライパード・プロジェクトと呼ばれる新しい動向はあるものの,実施体制の不備のもと,実際の農地改革計画の実施は,地主が耕作不適格地,低級地あるいは政治的不安定にある土地を「自主的に」定められた有利な条件で売却するものか,抵当流れの土地に限られており,改革に実質的な進展がみられないというのが現状であった。歴史的に改革の先進地帯である中部ルソンでは,小作農の自作化のなかで土地なし農業労働者層が取り残され,農村に新たな階層分化が生じていた。とくに,ビコール地方などの貧困地方からの土地なし層の新たな労働移動が顕著であった。ココナッツと砂糖の商品作物農園は地主から政府への土地移転実績が急務とされ,実質的にはほとんど意味のない自主的売却の申し出を中心課題として計画が実施されていた。しかし,対象地は低級地や共産ゲリラの不安がある土地に限られており,およそ本質的な進展とはいえない。改革の対象となる受益者の候補基準さえあきらかではない。移転事業がスムーズに実施された受益農民にあっても,マーケッティングをはじめとするサポート体制が不十分である。将来的には,米作農村の実態が示すように,受益者=非受益者間の経済格差が悪化し,新たな階級間の摩擦が生じることも予測される。 平成4年度においては,タイの農村および都市の雇用形態と労働移動を検討することによって,フィリピンの労働市場との比較を分析することができた。まず,農村については,農村工業化や酪農業の発展など農業の多様化の動向が農村開発の二国間格差の決定的要因であった。中部の農村調査では,近年,フィリピンに見られるような首都圏への労働力移動が終息し,逆に地域内における農村工業,酪農の発展により,労働力不足が顕在化していることがあきらかになった。とくに,乳製品需要の拡大を背景として,米作やとうもろこし作から酪農への転換が増大しており,刈取り労賃などの顕著な上昇がみられる。北部農村においては,木彫り製品を事例として農村工業化の実態を調査した。小規模な製造業が村落レベルで浸透し,流通網にも進展が顕著である。これを背景として,北部でも,バンコクへの移動はもとより,チェンマイなどの地方都市への労働移動の鎮静化した。中部ほどでもないにせよ,労働力不足の傾向が見られるのが現状である。次に,バンコクにおける都市インフォーマル部門の考察では,一スラム地域での調査を実施した。スラムでは,地域別の農村格差を反映し,フィリピンでは観察されない顕著なスラム内二重構造が存在した。すなわち,農業先進地帯である中部と農村工業化が進みつつある北部の出身者(主として零細農出身)は定住者が多く,都市フォーマル部門労働市場の一部に参入しているのに対して,貧困地帯である東北部出身者の多くは単身季節労働者として臨時雇い土建労働などに従事し,都市フォーマル部門への参入が不可能な状態にあった。したがって,フィリピンとの比較においては,確かに,都市労働市場の雇用吸収力は高い。中部・北部からの移住者は都市において既にエスタブリッシュしており,その労働市場は統合されているといってよい。しかし,東北部出身者の労働市場の分断は依然として顕著であり,この点にタイにおける都市労働市場の課題があると指摘できるであろう。
|