研究概要 |
この調査研究プロジェクトは,平成3年〜平成4年度の二年間にわたって行われた。第一年度はプロジェクト参加者による実地調査をミクロネシアで行い,第二年度は研究分担者各自による採集した資料の整理と分折およびその成果を踏まえての研究集会,そして中間報告として文部省へ提出するための報告書を作成した。 (1)調査研究の目的 ここで意図している「歴史媒体」とは,文字や絵画を含めた,過去について教えてくれるさまざまな事物や事がらのことである。たとえば,地面に埋もれた住居跡から発掘された土器から,我々は数百年,数千年も昔の人々の生活を推定することができる。また,子供に語って聞かせるための昔話から,昔の生活や学慣,信仰等を知ることができるのである。つまり,「土器」や「昔話」等が,過去を伝えてくれる貴重な「歴史媒体」なのである。ミクロネシアの地域の人々は,自分たちの文学を持たない人々であった。このため,この地域の歴史はほとんど解明されていない。したがって,ミクロネシアの歴史を解明するためには,上述の意味での「歴史媒体」の研究がきわめて重要となってくる。こうした理由から,この調査研究は,ミクロネシアのカロリン諸島の人々の歴史を,さまざまな「歴史媒体」の分折を通じて復元する目的で組織されたのである。 (2)調査結果の概要 社会・文化人類学担当の研究者はミクロネシア連邦トラック州の北西離島,ヤップ州ファイス島,同州オレアイ環礁で口頭伝承,儀礼,系譜,ライフ・ヒストリーなどの歴史媒体に関する聞き取り,参与観察を行った。この結果,各調査地域についての土地所有集団・出自集団の起源伝承が採集されるとともに,カロリン諸島内の島嶼間の移住に関する口頭伝承が採集され,各地域が移住伝承によって相互に結びつけられていることを確認した。現在,採集資料の整理・分折中であるが,これらの伝承は単に過去を記憶するばかりでなく,土地保有権や首長権と密接に関連していることが明らかとなってきている。これに対して,キリスト教への改宗のためか,儀礼・宗教的遺物を通じての過去の記憶の事例は極めて少なく,ファイス島とオレアイ島では,第二次世界大戦の経験が歌謡や儀礼を通じて記憶されているにとどまった。その中で,北西離島の各島では,およそ百年前の北西離島を二分して争われた大きな戦争のことが生々しく語り伝えせれていることが注目される。先史学担当の研究者は,民族誌的調査資料の背景を踏まえたうえで,ヤップ州ファイス島ので発掘調査を行った。この結果,サンゴ礁島では,これまで報告が稀な文化層を発掘し,ミクロネシア最古と考えられる家畜骨(約1900年前の豚の骨など)や約2000年に及ぶ住居跡など,画期的な資料の発掘に成功した。特に,出土した釣り針の形状から,ファイス島とメラネシアのソロモン諸島付近との間で,数次にわたる文化接触があったことが推定できる。ファイス島は西方のヤップ島との間断なき接触を保っており,次年度は,資料の細な分折を通じて,社会・文化人類学調査から得られた島嶼間の関係と,先史学調査から得られた島嶼間の関係の相互関係を把握することが課題となるだろう。 (3)研究集会の概要 研究集会では,上述のような調査結果を大まかに報告するとともに,その成果をどのような形で公表するかを議論した。その結果,文部省向けの報告を作成するとともに,さらに鹿児島大学南太平洋海域研究センターの異郷を利用して英文報告を作成し,これを今回の調査の公式の報告書とする計画を立てた。この報告書は平成5年度中に公刊される予定である。また,研究分担者は,日本民族学会や日本オセアニア学会などの研究集会や機関紙を利用して研究成果を発表する計画を各自持っている。 (4)今後の研究計画 ミクロネシア連邦政府および州政府による外国人研究者の対する,特に考古学調査に対する規制が年々厳しくなっているが,近代化の急速な進展とともに,伝統的文化・遺産が消滅したり破壊されたりしているので,今後も,現地政府の協力を得つつ,本研究等を継承した調査研究を組織することが必要である。
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