研究概要 |
我々はすでに生活様式の異なるネパ-ル王国住民を対象に三次にわたって総合的比較疫学調査研究を実施してきた。即ち(1)丘陵地農民,(2)都市近郊農村,(3)ラマ僧,(4)チベット難民キャンプ住民の4群である。このうち(1)(2)は,食塩摂取量が日本人と大差なかったが,高血圧者は0〜16%であった。(3)(4)は塩茶を常飲するためもあって,食塩摂取量は日本人より多く,高血圧者も多かった。 本年度は,昇圧因子の一つである食塩(岩塩)と,動脈硬化に悪影響を及ぼす動物性脂肪(バタ-)を含有する塩茶を常飲し,上記(3)(4)と同じチベット出身で旧来の食生活や労働量などの生活様式を依然として保持しながら生活を営んでいる2600〜2800mの山岳地域住民を対象に比較調査研究を実施した。 1).調査対象者:ネパ-ル王国の王岳地帯で伝統的な生活を営む2つの部落住民(Sherpa族)のうち成人351名(男178)で,明らかな病人は対象から除外した。年齢は20〜84歳であった。 2).方法:第1〜第3次調査と比較するため,同一方法とした。 (1).形態・体力調査:身長・体重・皮下脂肪厚などの計測,最大酸素摂取量測定,24時間心電図記録から身体活動量定量などを行った。 (2).栄養調査:秤量調査および食品モデルを用いた面接聞き取り法による栄養摂取状況調査,食習慣調査,一部でカロリ-メ-タ-による消費熱量の測定を行った。 (3).医学調査:生活歴・家族歴などの問診,血圧測定(座位で3回測定しその平均値採用;振動法による半自動血圧計使用),検尿および24時間尿中Na・K排池量測定のための採尿,生化学・内分泌学検査などのための採血(空腹時),診察・治療も行った。 3).結果の概念 (1).形態体力調査:山岳地帯住民の身長・体重はいずれも男女とも(1)(丘陵地農村),(2)都市近郊農村)より大であり,(4)(チベット系都市住民)と変わらなかった。体脂肪率は(1)(2)のいずれよりも大きく,(4)よりも小であった。最大酸素摂取量は(2),(4)より明らかに大であったが,(1)と著しい差はなかった。山岳地帯住民(Sherpa族)はチベット系に属し,身体的には(3)(4)と大きな差はないと思われる。最大酸素摂取量と血圧を中心とする医学・栄養学調査成績との関わりについては,今後十分な検討を行う必要がある。 (2).栄養調査:分析を行う時間的余裕がなかったので,個条書で簡記する。(i)全例が習慣的に塩茶を飲んでおり,その量は1日1〜3リットルと推定された。(ii)食事は主としてBhat(米飯),Dal(豆ス-プ)およびTarKari(煮物)であり,Achar(漬物)もよく摂取していた。(iii)栄養組成は炭水化学が主で,蛋白摂取量は極端に少なかった。しかし脂肪摂取量は日本人よりわずかに少ない程度であった。(iv)蛋白エネルギ-比は約7%で,日本人(13〜15%)より低値であった。動物性蛋白質比はほとんど0であり,一方動物性脂肪比は60%以上と推定された。その大部分は塩茶から摂取されており,住民にとって塩茶は重要な栄養源と思われた。(V)体重kg当たりのエネルギ-摂取量は35〜45kcalで,日本人より高値と推定された。 今後,24時間聞き取り調査や秤量調査デ-タあるいは塩茶の分析デ-タなどから,より正確で詳細な結果を算出し報告する予定である。 (3).医学調査:WHO血圧区分で分類すると,30歳台以降の高血圧の頻度は急増し,50歳台以上では高血圧者が約6割を占めた。また対象者全体の47%が高血圧者であった。この頻度は1990年冬期に調査した丘陵地農民(5.8%)や都市近郊農民(21.5%)に比して著しく高値であり,また1990年夏期に行ったチベット系都市住民(28.1%)よりも高頻度であった。2,800m前後の高地に居住していることゝ何らかの関わりがあるかも知れないが,要因については今後十分に検討して行く予定である。また,血液生化学検査デ-タなどについても検体を凍結させて日本に持ち帰って分析中であり,それらの成績および他のデ-タとの関連性も今後比較検討を行う。
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