研究概要 |
肝細胞癌はわが国における悪性新生物死亡の第3位を占め,しかも年々増加の一途をたどっている。1988年にC型肝炎ウイルス(HCV)が同定・報告されてい以来,このウイルスが多くの肝細胞癌症例と密接に関連していることが明らかとなった。米国におけるHCVの保有率は,わが国と同様であるにも拘らず,米国における肝細胞癌死亡は,わが国に比して低いことが知られている。 日本および米国において感染しているHCVの遺伝子がクローニングされ,その全塩基配列が決定,比較された。米国で得られたHCVと日本で得られたHCVでは相同性が低く,両国において感染しているHCVの違いが示唆された。その後さらにわが国における多数例を用いた検討では,HCVにはいくつかのサブタイプが存在し,わが国におけるそれらのサブタイプの感染比率が示された。その結果,わが国においては米国型のHCV感染が少ないことが示された。本研究では,こうした日本におけるHCVの違いに注目し,ウイルスの違いが引き起こす肝障害の重症度の関連ひいては両国における肝細胞癌の発症の差異について検討することを目的とする。 わが国におけるHCVと肝細胞癌の臨床疫学的関連は小林健一研究室を中心として解析した。金子周一および村上清史分担者は,肝細胞癌症例より感染HCVをクローニングし解析した。米国においてはRobert H. Purcell分担者が米国におけるHCVをクローニング,解析した。両国におけるHCVの違いについて米国において比較・解析した。 (1) 日米における肝細胞癌の疫学 日米におけるHCVの保有率は,それぞれ0.97-1.3%,0.9-1.4%であった。それに対し人口10万人あたりの肝細胞癌死亡率はわが国の男性で24.2,女性で9.1であるのに対し,米国では男性で3.4,女性で2.1と,米国では明らかに肝細胞癌による死亡が定率であった。 (2) 日米の慢性肝炎例における感染HCVのサブタイプ 小林健一研究室においてC型慢性肝炎としてインターフェロン治療を行った38例においてはこれまで報告したJK-NS4型あるいはOkamotoのタイプII型が多く28(75%),米国でHCVのプロトタイプとして報告されたタイプIは認められなかった。これに対して米国においてインターフェロン療法を行った33例では7例(21%)のみが,日本型であるJK-NS4型陽性であり,日本においては米国型が少なく,米国においては日本型が少ない事実が示された。米国において,C肝関連肝がん症例の蓄積を行い,肝がん例における頻度を検討することとになった。 (3) 日米におけるHCVクローンの比較 小林健一研究室において肝細胞癌合併症例より得られたHCVの全塩基配列(9408塩基)を決定し,既に日本において報告されている2HCVクローンと併せて,米国における2つのクローンと比較した。先に示したタイプII型である日本で得られた2つのクローンとは90.7-91.4%の相同性を示したが,タイプIである米国の2つとは78.4-78.8%の相同性しか認めなかった。このことから,日本に多いII型のHCVは全塩基配列において米国で認められるI型と大きく異なっていることが示された。米国においては肝がん合併症例からのHCVクローンは未だ得られていないが,今後クローニングしていくことを計画した。 この研究によって,米国においては日本に多いタイプのHCV感染が少ないことが示唆された。さらにゲノムの比較により,その塩基配列は大きく異なっていることが示された。この両国のウイルスタイプの違いによって,肝障害の程度さらには肝細胞癌の発症率の違いが引き起こされているか否かは,さらに広範な検討が必要であると思われた。
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