研究概要 |
角膜が透明性を維持していることは,良好な視機能の保持に極めて重要なことである。この角膜に透明性維持には,角膜内皮細胞のポンプ作用による水と電解質の輸送が必須である。また,角膜内皮細胞のみならず,角膜上皮細胞の正常な機能維持も角膜の透明性保持に大切である。この細胞の水と電解質輸送にどのようなメカニズムが関与しているのかは未だ不明であるが,cAMPとカルシウムの2つの細胞内セカンドメッセンジャーが関与していると想定される。 今年度は,角膜上皮細胞を中心に,エンドセリン依存性の細胞内カルシウムイオン濃度変化およびcAMP産生について検討するとともに,角膜上皮細胞の増殖についするエンドセリンの効果についても検討を加えた。その結果,次にまとめて示すような新知見を得た。 1)家兎角膜上皮細胞は,エンドセリンを産生する。 2)エンドセリンは,濃度依存性に家兎角膜上皮細胞の増殖能を亢進させる。 3)エンドセリンによって角膜上皮細胞の細胞内カルシウム濃度が上昇する。 以下にその詳細を述べる。 1)角膜上皮細胞のエンドセリン産生 培養家兎角膜上皮細胞よりmRNAを抽出し,逆転写酵素を作用させて鋳型DNAを作成した。この鋳型DNAを使用して,プレプロエンドセリンに特異的なプライマーを使いpolymerase chainreaction(PCR)を行った。得られたPCR産物をプラスミッドにsubcloningし,その塩基配列を決定したところ,エンドセリンに合致する配列を得た。また,家兎角膜上皮細胞の培養上清中のエンドセリン濃度をラジオイムノアッセイで測定した。その結果,角膜上皮細胞培養上清は,276±53pg/24hr/10^6cells(n=3)のエンドセリンを含むことが明らかとなった。このように,角膜上皮細胞がエンドセリンを産生することが証明された。 2)エンドセリンによる角膜上皮細胞の増殖 エンドセリン1は,濃度依存性の角膜上皮細胞の増殖を約2倍に亢進させた(EC50=0.3nM)。このとき培養液中に低濃度の牛胎児血清が存在すると,上皮細胞の増殖能はさらに増強した。このことは,エンドセリンが,角膜上皮細胞に対するcomitogenであることを示している。 3)エンドセリンによる細胞内カルシウム濃度上昇 エンドセリンは,培養角膜上皮細胞の細胞内カルシウム濃度を有意に上昇させた。この効果は,エンドセリン1>エンドセリン2>エンドセリン3であった。エンドセリン1の場合0.1μMで約50%の細胞に反応が認められ,細胞内カルシウム濃度の上昇は約270nMであった。エンドセリン1,2,3の効果によりこの反応はtypeAの受容体を介する反応であることが考えられる。また,細胞内カルシウム濃度上昇にイノシトール燐酸の代謝回転が先だっていた。ニカルジピン前処理により,エンドセリン依存性の細胞内カルシウム濃度上昇は完全に抑制され,細胞外液にEGTAを添加すると反応は部分的に抑制された。このことは,このカルシウム濃度上昇が細胞外からのカルシウム流入とともに細胞内カルシウム貯蔵部位からの放出の2つの要素からなっていることを示している。ニカルジピンの効果は,細胞外からの流入がL型カルシウムチャンネル以外のカルシウムチャンネルを介していることを示している。 以上のように,家兎角膜上皮細胞におけるエンドセリンの生理作用について研究するとともに,この物質が角膜細胞の電解質輸送にたいする影響の可能性を検討した。
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