研究概要 |
ヒト乳児の脳・腎・肝に異常を生ぜしめ,多くの場合に生後一年以内に死をもたらす先天性異常,ツェルベーガー症候群の病因はベルオキシソーム形成能のさまざまな形での欠損にある。これまでに報告された症例における変異は9種類の相補群に分類されるが,何れの変異に対応する因子についても,その本来の機能が完全に解明されている例はない。本研究は,ヒトのそれと類似のペルオキシソーム酵素組成をもつ酵母をモデル系とし,このオルガネラの形成能欠損変異株の単離に基づいて,その形成に関与する因子の網羅を試みると共に,対応する遺伝子の破壊によって,その機能を解明しようとするものである。 パン酵母 Saccharomyces cerevisiae のペルオキシソーム形成能の欠損変異株は3段階の手順を踏んで単離した。酵母細胞での脂肪酸のβ酸化はペルオキシソームでのみ行われるので,先ずオレイン酸を唯一の炭素源としては生育でいない変異株を単離し,次にその中に含まれるミトコンドリア機能と糖新生系機能の変異株を除くために酢酸を唯一の炭素源としては生育でいない株を除去し,最後にペルオキシソーム酵素の発現があり且つそれらが細胞質可溶性画分に留まっている株を選択して,これらをペルオキシソーム機能の欠損変異株とした。現在までに18種類の遺伝的相補群に属する変異株(pas1-pas18)を得,その内のpas1からpsa7の欠損を相補するパン酵母の遺伝子(PAS1からPAS7)を単離した。これらの内で塩基配列が決定された遺伝子はPAS1からPAS4までである。現在の処ツェルベーガー症候群の病因となる相補群に対応する変異は見出されていない。 PAS1遺伝子がコードする蛋白質は1043アミノ酸残基からなり,それはヒト免疫不全症ウイルス(HIV)のtat-蛋白質結合因子,酵母の蛋白質分泌系の小胞輸送に必要な蛋白質(Sec18p)や細胞周期の調節に必須な蛋白質(Cdc48p)などと共に,ATP-加水分解酵素の新しい群を形成するものであった。この遺伝子の発現はオレイン酸によって誘導されるが,その発現蛋白質量は極めて少ない。ATP-結合部位の一方が必須であることは明らかにされたが,この蛋白質自身の局在部位は不明であり,その生理的役割を推定するには至っていない。 PAS2遺伝子の産物は183アミノ酸残基のユビキチン結合酵素であった。酵母に見出された10番目の分子種に当たり,オルガネラ形成に関与する新しい蛋白質である。この蛋白質が欠失すると,低密度(1.14gcm^<-3>,正常ペルオキシソームのそれは1.22gcm^<-3>)のペルオキシソーム局在性酵素を含まない膜様構造が細胞内に蓄積するので,ペルオキシソーム形成における成熟過程に関与するものと考えられる。 PAS3遺伝子の発現産物は441アミノ酵残基からなるペルオキシソーム膜真在性の蛋白質であった。疎水性で膜を貫通している領域がN-末端にあり,親水性で分子の大部分を占めるC-末端側の領域は細胞質側に露出していた。この分子配向はこの蛋白質がペルオキシソームへの蛋白質輸送における受容体として機能することを示唆すると共に,この蛋白質のペルオキシソームへの輸送シグナルが,多くのペルオキシソーム蛋白質の場合とは異なり,N-末端部分に位置していることを示している。なおPas2蛋白質の欠失で蓄積する低密度の膜様構造にもPas3蛋白質が検出されたので,この構造体がペルオキシソーム形成過程の中間体であるという可能性がいっそう確実になった。 脂肪酸の資化能力をもつ酵母である,Candida maltosaから単離されたペルオキシソーム系遺伝子の一つがpas1変異を相補した。この遺伝子の推定翻訳産物はPas1蛋白質と有意な類似性をもち,ATP-結合領域は特によく保存されている。この遺伝子に対応する一対の野生型アレルを破壊して得たC.maltosaの破壊株は,ペルオキシソーム酵素の細胞内分布に関してpas1変異株と同様の表現型を示し,また活性酸素の増産剤であるプラムバギンに対する感受性が高まっていた。
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