研究概要 |
本邦においては現られた数の大学においてのみフィリピノ語教育が実践されている。戦後初めて大阪外国語大学でフィリピノ語専攻コースが設置されてからも,ようやく8年が経過したにすぎない。近年,日比両国間の人流が深まり,とりわけ滞日および在日のフィリピン人が増えることにより,日本でもフィリピノ語への関心が高まってきた。 しかしながら,かような社会的要請があるにもかかわらず,日本人学習者に適した参考文献・資料の不足が他の東南アジア諸言語の場合に比較しても切実な問題になっている。教科書,文法書,辞典,練習帳,視聴覚資料などにおいてである。本研究計画では,かような実情を把握しつつ,フィリピンにおける外国語としてのフィリピノ語教育の経験からも学び,日本語話者を対象とする質量とも十分な教材(音声・映像教材を含む)の研究と開発を目的とした。 そこで本学との学術交流協定相手校であり,本学への客員教授(フィリピノ語のネイティヴ・スピーカー)派遣母体でもあるフィリピン国立大学の協力を得て,同大フィリピノ語研究センターを共同研究のカウンター・パートとすることとなった。第一年度には日本側研究者のフィリピン派遣,第二年度にはフィリピン人研究者の招へいを通じて,教材作成の前段階となるべきフィリピノ語の言語学的側面の分析,英語話者ばかりでなく日本語話者に対する教授の方法論と実戦経験の批判的検討,日本人学習者の認識すべきフィリピン文化の諸側面と日比両国間の思考法ないしは問題処理方法についての相違点の比較,さらには日比両国語の語彙の意味論的探求と語彙体系の対照分析,談話展開方法の対照分析などを行なった。 既存の教材としては,アメリカないしはフィリピンで発行された英語話者のためのテクスト類,フィリピンの国語教科書,語学研究書,辞書・辞典,音楽テープ,映像ビデオ,日本で出版された会話集,読本,文法解説書,入門テクスト,発音テープから,他の大学・語学教育機関で使われているテクスト類などを多方面から収集した。また,本学において過去に使用されてきた諸教材を集約し整理した。そしてそれらについて,個々に内容分析と教授方法論的問題点の細目にわたる検討を行なった。 第一年度にロサリオ・ユーは,他の研究分担当の協力を得てBuhay-Pinoy sa Masmidya(現代フィリピンのマスメディアの記事論文などに見られるフィリピン人の表情と暮らしぶりについての読本)およびIsip-Hapon(本学に在籍する日本人学生がフィリピノ語で書いた作文,随筆,手紙,論文要約などを添削し収録したもの)を試作したが,これらは早速第二年度に,実際の授業で利用してみた。 発音・音楽テープおよび映像ビデオ(ドキュメンタリー,ドラマ,ニュース,詩の朗詠などを含む)も多数編集し,やはり授業で活用してみたが学生の反応は概して積極的なものであった。 教室内で提示する単語(ないしは語根)カードや図画も制作した。これらについても有効性が確認された。 本学では1回生,2回生それぞれに必修5あるいは6コマの語学実習を,3,4回生のために上級の文法,講読,作文,会話を毎年開講している。しかるに第二年度には実際の授業ひとつひとつにおいて,ハンドアウトの形で参考資料・文献,練習,試験問題,クイズなどをファイルし蓄積していった。 以上の成果は,まだ断片的で不備な面があったり,学習者(学生)の理解度が不十分であったりするものがあるが,全体として,各科目,全段階において一貫性のあるしかも学習効果の一層期待される教材開発に多大なる前進をしたものと考えられる。 なお,本研究のフィリピン側カウンター・パートナーであるフィリピン国立大学フィリピノ語センターでは,主として外国人のためのフィリピノ語規範文法書を編集している。日本側研究者との共同討議も重ねている本書は,すでに8割方完成しており,1987年フィリピン共和国憲法で,フィリピノ語が国語と規定されてから出る初めての基本的文法書として,内外の注目を浴びているもの である。本書の日本語版は日本側研究者が翻訳し出版する予定である。
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