ミオシン頭部(Sー1)は、20K、50K、23Kの三つのペプチド部分に分けて研究されている。筋収縮の分子機構を考える上で、ATPの結合により誘起されるSー1内部の規模の大きな構造変化に関する知見は非常に重要である。それは、筋肉の滑り運動の詳細な機構を説明するために長い間引き合いに出されてきたミオシンの「首ふり説」に対して否定的な研究結果が相次いで出て来たからである。現在「首ふり説」に代わるいくつかの筋収縮モデルが提出されているが、可能性の高そうなモデルとして、Sー1は筋収縮中にその角度は変えないが、その一部が変形してアクチンフィラメントに滑り込むというモデルがある。この説が正しいとすれば、ATPがSー1に結合するとSー1内部に「変形」と言える程の規模の大きな構造変化が検出されなければならない。しかしながら現在のところ、ATPの結合により誘起されるSー1内部の規模の大きな構造変化についてはほとんど研究されていない。 我々は、Sー1の20K部分にある反応性の高いCysー707(SH1)とCysー697(SH2)を含むペプチド部分が異常なまでにフレキシブルである点に着目した。そこで今回は、特にSH2に的を絞り、この残基を螢光試薬の2ー(4'ーマレイミジルアニリノ)ナフタレンー6ースルホン酸(MIANS)で特異的にブロックした。得られたMIANSーSー1は、ほとんど元通りの生物活性を保持していることが明らかになった。MIANSーSー1とATPの相互作用により誘起される螢光スペクトル変化の解析から、SH2はATPの結合によりタンパクの内部から表面に露出することが示唆された。また長い間その立体的な位置関係が不明であった“ATP感応性トリプトファン残基"もSH2から少なくとも50Å以内の距離にあることも見出された。以上の結果から、SH2を取り巻くペプチド領域が、ATPの結合により誘起される規模の大きな構造変化に関与している可能性が示唆された。
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