研究概要 |
本年度はトルナヴァの遺言書資料を扱った。 この研究は初期新高ドイツ語期の言語の実態の把握に役立つ基礎資料の獲得を目的としている。ここでは社会層の違いによって言語上どのような差がみられるかを調べた。何故ならそのような差異を分析することは,現代の標準語の基盤である統一語の成立へ収斂する,言語変化の解明に役立つと考えられるからである。近世ドイツ語は社会構造の激動期の言語である。社会制度上文書化を促す要因や識字層の拡大があって,先行の時代に比べ多くの,多様な文書が生産された。これがこの時期の言語状況の本質的な特徴の一つである。ところで言語はさまざまな言語変種の総体である。できるだけ多様な言語変種を取り上げる必要がある。この見地から当該の文書は有意義な資料といえる。社会中層の人々によって書かれ,庶民の日常生活により密着した記述がみられる。書法も独自の書法慣用を形成する強力な官庁書房の場合と違って多様である。 1510-1549に書かれた文書を厳密に解読し転写テクストを作り,さらに原文どおりの行分けによる検索用のテクストを用意し,それに基づいて語彙・語形一覧表を作成した。その結果このテクストの言語上の特徴として,主として以下の点が確かめられた。 基盤となる方言は明らかにバイリッシュだが,中部ドイツ方言の影響も少なくない。 書法異形は極めて多い。方言の混淆,書法慣用に拘束されないこと,書き手の熟練度の低さ,等が原因と考えられる。 書き言葉には異例の,書法に口語の音頭が反映している度合いが高い。単文が多い。複雑な構文は少なく,接続詞の種類も限定されている。 証文としての形式の単純化が顕著だが,作成者の意図の伝達は明確である。今後文書の形式と機能の関係をさらに分析する予定である。
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