本研究課題は申請段階での計画通り、全体で三年間にわたるものであるから、いまだ研究の全体はまとまっていない。本研究計画は、クザーヌスにおける「aenigma思想」の存在を明らかにした以前の研究成果の上に立案したものであったから、それに基づいて以下のことを確認した。クザーヌスの「被造世界」とは、神が人間に対して、ぼんやりとして仕方でではあるが、それによって語りかけている当のものであり、それゆえにそれを研究することが、神という真理を獲得するために有意義であると考えられている。そこで問題となったのは、どのように神は世界を通して人間に語りかけているのか、ということである。先ず初期のクザーヌスにおいては、「世界」が見事なヒエラルヒー的秩序をもって存在していることがその答えである。しかし、その後に、そのヒエラルヒー的秩序は、単なる静止したものではなくて、運動をその姿とする秩序であると、考察が深められている。この段階でクザーヌスにおける「世界」は「自然」へと転化する。この「自然」は、質料と形相と関わりつつ運動しているものとして考えられる限りでは、アリストテレス的な「自然」であるが、その背後に「万物の霊spiritus universorum」が働いているとされる点において、クザーヌスの新たな「自然」観念となる。そして、それは無限であり、従ってその中にある地球は世界の中心ではありえず、同時にそれ自体が運動しているはずだと推論される。このような考察を進めるための手段として、数学と幾何学が大いに有益であるとされている。しかし留意しておかねばならないことは、この「自然研究」が、現代の自然科学のように自然というパズルを解くことを目的としているのではけっしてなく、神という真理の語りかけのaenigmaを解釈することが目的としていることである。ここから、運動を把捉するのには無力な言語への根本的反省が生じ、Nominalismへ向かう傾向がクザーヌスの後期に現れていることが推測される。次年度はこの後期を研究対象として、研究課題の全体をまとめる予定である。
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