キリスト磔刑図に描かれた太陽と月に関する資料の収集と分析を中心に研究を開発した。十字架上のキリストの右手に太陽、左手には月が描かれるのが図像上。伝統だが、多くの例外が存在することを確認した。 西洋絵画における写実的な天体表現への移行は17世紀に行なわれるが、その先駆として14世紀末から15世紀初頭にかけての初期ネ-デルラント絵画における試行がある。本研究では、ヴァン・エイクを頂点とするその試みの革新性を確認すると同時に、その試みは、上述のキリスト磔刑図における天体表現の伝統を保存しながら行なわれていることも確認した。 キリスト磔刑図における天体の表現の研究結果を基盤として、本年度後半には聖母像および聖母子像における天体の表現の研究へと移行した。それらの聖母にかかわる図像にも太陽と月が描かれるものがある。ここでも、キリスト磔刑図における革新ほど明確ではないが、14世紀末から15世紀初頭にかけての初期ネ-デルラント絵画における試行は、美術史的観点から興味深く、かつ重要なものであることが確認された。 キリスト磔刑図と聖母像あるいは聖母子像に描かれる天体の、初期ネ-デルラント絵画における革新は、ふたつの写実主義の同時実現への志向の結果と解釈できるであろう。つまり、ロゴスの世界の写実、聖書の記述をいかに忠実に描くかという写実と、現象の世界の写実とを併存させようという試みをヴァン・エイク、ロベルト・カンピンらの初期ネ-デルラント絵画の画家たちは行なっていたのである。
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