研究概要 |
芳香族アルデヒドやケトンへの求核付加反応の経路には,直接的な1段階で進む極性機構と,求核試剤から基質への一電子移動を含む多段階電子移動機構の2経路が考えられる。付加反応が果して一電子移動を経由しているか否かを判定する新しい実験的手段として,ハロベンゾフェノンの脱ハロゲン化反応を利用するラジカルアニオンプローブが有用であることを見いだした。すなわち,求核試剤として一電子移動を経由して反応すると考えられるグリニャール試剤,極性機構で反応するアリルスズ試剤,および反応経路の不明なWittig試剤を取り上げ,種々のハロベンゾフェノンとの反応を行った。その結果,グリニャール試剤の反応では,ブロモあるいはヨード置換体で脱ハロゲン化反応が観測されたのに対し,アリルスズ試剤ではその様な反応は観測されず,この新しいプローブが有効であることが確かれられた。次いで,Wittig試剤との反応では,非安定化イリドでは明確な脱ハロゲン化が見られたのに対し,準安定化イリドではラジカルアニオンプローブは陰性を示した。このことは,同じWittig反応でも試剤の電子的性質によって,芳香族カルボニル化合物へ一電子移動を起こすものと起こし得ないものとがあることを示唆している。この結果は,平成3年度に我々が得たWittig反応における置換基効果,同位体効果の結果とよく対応している。以上の結果から,Wittig反応では,非安定化イリドとベンズアルデヒドとの反応は一電子移動を経て進行するのに対し,準安定化イリドとベンズアルデヒドとの反応は極性機構で進むと結諭できた。この反応経路の違いが,前者の反応ではシス選択的にアルケンを与えるのに対し,後者ではシス体とトランス体の混合物を与えることの原因であると思われる。
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