研究概要 |
日本の高山性甲虫相は,もともと寒冷な気候に適応した祖先種が,更新世の氷期に形成された陸橋を伝って大陸から日本に渡来し,後氷期の気候の温暖化とともに,標高の高い場所へ追い上げられた結果できあがったのだ,と一般に説明されてきた。たしかに,このような過程を経て高山帶に定着したと考えられる種類も少なくはないが,高山性甲虫相を詳しく検討すると,すべての高山種の由来を,それほどかんたんな説明で済ませるわけにはいかないことがわかる。とくに,孤立した高山が多く,その成因も火山と非火山との入りまじっている,東北地方や北海道での研究結果は,高山性甲虫相に成立時期の異なる成層があり,しかもその由来が,かならずしも陸地を通った拡散によるものとは考えられない,という事情を明らかにした。また,その後の隔離による種分化も,常識的な想定よりはるかに短かい時間で行なわれるらしい,ということがわかった。推察できるもっとも重要な拡散の営力は,大陸方向からの風,なかでも強い偏西風で,有翅の祖先種が大陸から海を越えて北日本に運ばれ,高山に定着して分化を遂げたのだろう,と考えられる例が,少なからず発見された。この方式による拡散は,日本産の多くの動物について知られているが,高山性の種類について確かめられたのはこれが最初であり,以前には調査のできなかったロシア沿海州の甲虫相と,比較研究できるようになったことに負うところが大きい。また,東北地方の古い非火山と新しい火山とでは,隣り合っているものでも高山性甲虫相の構成が異なり,非火山に生息する種類の方が古い起源をもつと考えられること,若い火山,ことに後氷期に成立した年齢1万年以内の火山にも,多くの特産種の分化していることがわかった。つまり,ある種の高山性甲虫類は,わずか1万年以内に進化したことが確実になったわけで,今後の研究進展に転機を与えるものと期待される。
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