研究概要 |
超音波の場の中に物体を置くと,媒質流体の流れが存在しない場合でも,この物体には一方向性の力が働く.これを音響放射圧といい,この力の向きは通常は超音波の入射方向と一致する.しかしながら球面波や平面定在波の超音波ではこの力は時に音源に物体を引き寄せる向きに働くことがある.これを異常負圧効果と呼ぶ.理想的な平面進行波の超音波では決して負の放射圧は発生しないことが証明されているものの,異常負圧効果の成因は従来明らかにされていない.本研究ではまず,従来提唱されたいくつかの典型的な放射圧理論を原理的レベルにまで遡って検証し,音響放射圧の本性を明確にし,統一的な理論体系を確立した.ついで,球面波音場における異常負圧効果がベルヌーイの定理そのものに起因すること,平面定存波で異常負圧効果が発生するための条件を明らかにした.さらに本研究ではこの現象が,有限の大きさの音源から発生される超音波の場合にも生起することを初めて明らかにした.すなわち,円形平面振動子から放射される超音波の場を,直交関数系を用いて展開することにより,球による超音波の散乱問題を厳密に解く方法を考案し,これを用いて球に作用する音響放射圧を計算することによって,異常負圧効果の発生を予言しその成因を解明したものである.解析の結果によれば音源の比較的近傍では,音源自身の回折効果によって,音圧の勾配が局所的に著しく急峻になるために,比較的小さな物体にはある程度の空間的規則性をもって異常負圧効果が生起するのである.その発生条件は音源の大きさ,音源からの距離,物体と媒質との密度比,物体の大きさと波長の比に依存し,本質的には物質の弾性率にはあまり依存しないことが理論と実験により示された.本研究の副産物として,従来の数多くの音響放射圧の理論の同一性が証明され,結局音響放射圧は波動運動量の吸い込みとして理解すべきものであることが明らかにされた.
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